戯れる堕天使
悟が歌うところを、誰にも邪魔されずに、じっくり楽しみたかったんだから。
その言葉は飲み込んだ。
まあ、邪魔はされないだろう。
照明が落ちる。
悟たちの演奏が始まった。
静かな曲。
悟が、マイクスタンドの前にいる。
綺麗なメロディー。
悟の声が添っていく。
完璧な音程に、天使の響き。
そっとホールを満たして、じんわりとみんなを包み込んでゆく。
確かな音をつむぎだすために、目を閉じる。
類は、もう、完全に、悟の作る世界にはまり込んでいた。
他には何も聞こえなくて。
何も考えられない。
今、視界と聴覚を占めているものが、世界の全てで。
ふと、目を開けた悟の視線が、ホールをさまよった。
類を見つけて、
にっこり微笑む。
類の心臓は射抜かれる。
この、神聖な瞬間に、この神秘の空間を作り出している、その主人公に、微笑み
かけられたのだ。