【完】『海の擾乱』
仮名序──「行藤記」より──
いにしへの語らひに曰く、外に覆ひなき天道あり、地に良臣これを治する社稷あり。天下治まらざるのとき、天地鳴動し、天下治まるのとき、王土王臣これ泰平なり。
天地鳴動あらざれども泰平ならざるのとき、これすなはち人の禍ひ、政の禍ひなり。遠く治承の昔、平相国入道清盛朝臣、専横のきはみを尽くし、平家追討の令旨の出でたまひて、右大将頼朝、源三位頼政、朝日将軍義仲、九郎判官義経の諸国の源氏これに従ひ、つひに長州壇ノ浦にて平家の一門六十有余人を討ち果たし、征夷大将軍に宣下せられ相州鎌倉に柳営を開く。
天下一統の珍しき御代とならせられ、右大臣実朝横死の後は北条の一門これに代はりて執権をつとめ天下を治めらる。
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