椿ノ華
「ああ。誰にも妊娠を知らせず、
何も言わず、逃げる様に辞めていった」
「……」
「だが君は、決して望まれない子じゃない。
それだけは本当だ」
曖昧に微笑んでみせたが、そうは思えなくて。
「その頃、啓志の妻が倒れてね。入院する事になった。
啓志は病院にも通わず、家にも帰らず、
桜さんの行方捜しに奮闘していたそうだ」
「……」
その時考えたのは、兄だという葵の事だった。
母が倒れ、頼りたいはずの父親も家に居ない。
どれだけ心細かっただろうか。