明日ここにいる君へ
彼が、何事もなく、平穏無事であると―…ただ、願う。


僅かな希望を胸に、今日も…主の居ない家を、訪れる。

誰も、居ない。
居るわけが…ない。

なのに、居て欲しい。



ねえ、知ってた…?悠仁。私達は、互いが存在する場所を―…ほんの少ししか、知らないって。

学校…、

悠仁の家、

心を通わせる瞬間は、いつもいつでも、その両者のどちらかで…、君が居なくなっても、何処に行ったかなんて、見当も…つかないんだ。



「――…やっぱり、居ない…、よね。」


彼のマンション前、郵便受けに表示された部屋番号を確認して。
それからいつかあの人がしたように・・・自身の鞄の中を漁って。ずっと手の中に握り締めていたしわくちゃの紙切れを・・・きれいにたたみ直した。




もし、悠仁が帰って来た時に――…、一番最初に届くのが、私の言葉であったらいい。







こうして…、人に手紙を書いたことが…昔もあった。まだ覚えたての…、正しいかも分からない文字を必死に並べて。

赤いポストに…入れにいった。


返事が来るのが楽しみで、毎日のように…朝一番に、自宅の郵便受けを覗いていたっけ…。




あのとき、手紙を出した…その相手が。
それを喜んでいたのかは、分からないけれど、




どうか――…



どうか、神様。



彼にこの想いが届きますように…。







君のマンションを出て、暫く歩いて行くと…


ふと、以前立ち寄ったコンビニが目に入った。



「………そうだ……。」


傘を買った時、悠仁はここで私を見つけて…ついて来てくれたんだ。


自動ドアを抜けて、店内を…キョロキョロと見渡しながら歩いていく。


けれど、やっぱり君の姿はなくて。


大好きなチーズタルトだけを買って……、店を出た。




それから、また、暫く歩いて行くと…


そこにあったハズの、鬱蒼とした草地が……、
空き地だったそこが。

まっさらな砂地へと…姿を変えていた。


悠仁と、ナナと出会った…場所。



立っている看板には、建設会社の名前と、家を建設する旨が書いてあって。

もう、ここに足を踏み入れることは、容易には出来なくなるのだと――…

思い知らされる。



まだ、あれから…そんなに経ってもいないのに、あの日が、遠い昔のことのように感じた。


思い出の場所が…、ひとつ、消えてしまう。




まるで、何かに急かされているかの…ようだった。




湿った風が…


何もない、その場所を。ただ、吹き抜けていくのだった。






私は一歩その土地に足を踏み入れて……。
端っこのブロック塀にもたれかかるようにして…座る。


「……不法侵入になるのかな……。」

そんなことを呟いて、コンビニの袋から…チーズタルトを取り出すと。


ソレを一口…口に入れた。



鉄板の…、スイーツの味。

崩れそうになる心を、ホッと安心させてくれる…優しい味。



『うまいか~、櫻井。』



いつか―…、君は私にそう聞いたね。


「……うん、旨い。」





『学校でよく食べてんじゃん?』


思えば、あの時には…、君がこれを買ってきてくれたんだよね。

『チーズケーキフレーバー』

そう、あのドリンクだって。わざと…飲ませようとした?













何で…?




「何でアンタがそんなことを…知ってたの…?」



今更、

こんなことに…気づくなんて。



















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