明日ここにいる君へ
「今日は真夏日になるって。」
「……そう。」
さほど関心無さそうに、けれど…窓の外にチラリと目をやって、お母さんは一言だけ発する。
夏服のブラウスが、汗でピタリと身体に張り付くのが不快で、私は胸元をパタパタと仰ぎながら…言葉を続けた。
「そろそろ、扇風機出そうよ。」
「……わかった。アンタの部屋に出しておくから。」
「……ありがとう。」
家計を切り詰めているから、ウチは自然と…節約を志している。
アレ欲しいだの、コレ欲しいだの、我が儘言ったことは…恐らくなかっただろう。
お母さんの静かな瞳が……僅かでも憂いを帯びることを、どうしても避けたかったからだ。
「ねえ。」
今度は、彼女の方が……口を開く。
「ん?」
「アンタ、嬉しそうだね。」
「……え?」
「暑くてイライラするのは、私だけ?」
「……………。」
口数が少ない分、お母さんの一言は。意外と…ピンポイントで核心を突いて来る。
「……そう?」
ただひとつだけ頷いて、お母さんは…席を立った。
流し台に食器を運んで、ザーっと音を立てて。
水を流す。
その音にかき消されるくらいに、小さい声で。
お母さんは…また、喋り出す。
「この前、家に来た男の子って……」
「ど、同級生!」
余りにも…唐突過ぎる質問に。
即座に答えた声が、少し吃った。
「………そう。」
ポーカーフェイスが僅かに緩んだ…気がした。
「名前は?」
会話が…続く。
彼女が決して私に無関心ではないのだと…知っている。
「登坂…悠仁。」
「『登坂』……。……そう。」
カチャカチャ、と、食器を濯ぐ音が…響いてきて。
会話は、そこでいよいよ…途切れた。
私は…お母さんに似ていて。
上手な甘え方も……、人への接し方も、上手くはない。
タイミングを見計らうかのように、心が通ずるその時を、どこかで…待っているのだ。
「気になる?」
お母さんに、そんな挑戦的な言葉をぶつけたことは…無かった。
「バカ男じゃないなら、それでいい。」
「…………そう。」
「ただ、アンタを見舞うような人が…シンちゃん以外にいたってことが意外だっただけ。」
不器用さは、血を争えないね。