明日ここにいる君へ
食卓に置かれていた弁当袋を鞄に詰めて。
私は、太陽が照りつける外へと向かって…玄関を飛び出した。



アスファルトから熱が反射して。
足元から…じわり、じわりと全身にそれを運んでいく。


「……暑い…。」

少しでも…それを避けるようにして、学校への近道となる狭い畦道へと…足を踏み入れた。



広がる…田園。

遠くに、向日葵畑が…見てとれる。




まだ、梅雨明けの発表はされていない。


けれど…確実にその時が、近づいている。



整備された道は、チクチクする鬱陶しい草がなくって、歩く一歩一歩が、それらを踏む音で…小気味よく感じた。


向日葵は……まだ、その大輪を咲かせることは、ない。


この前の私ならば、確実に…見もせず歩いていただろう。


夏は来なくていい。


そう――…願っていたから。





やがて……

いつもの公園まで歩いてきて。私は…足を止めた。




あの、『朝顔』が……


見事なまでに、沢山の花をつけていたからだった。




そうだ――…、朝顔は、夏を象徴する花。


あんなに早い時期に咲く方が…珍しいのだ。





「綺麗でしょう、朝顔。」


「え……?」



ふと……振り返ると。

知らないおばあちゃんが、私と朝顔とに交互に目を配らせながら……ニコニコと、話しかけてきた。

その傍らで、柴犬が…ひとつ、吠えたてる。



「……ここ最近で一番、花をつけているね。」



「綺麗…、ですよね。ここの花、早い時期から咲いてて…びっくりしました。」



おばあちゃんはちょっと驚いた顔して。

しわくちゃになった顔を…さらに、綻ばせた。



「見ている人がいるんだねえ。」って、空を見上げて、ふふっと、小さく笑う。



「これは、宿根朝顔だから…。」


「宿根…?」


「無事越冬すれば…、新芽が出て、また次の年には花を咲かせるの。もうこれで、4年目になるね。」


「4年も…。」


「手入れしてたからね。味気ない公園でしょう?主人の散歩コースだったんだけど、花壇も何もないから、こっそりここに種を植えてね…。雑草と一緒に刈られないように、蔓延ったら蔓を切って、雪降る前には…盛り土をして、藁を被せて。今年も…花が咲くのを、とても楽しみにしていたの。」


「………………。」



「見たかったろうにね……。」


おばあちゃんの口ぶりからは…、もう、その人は見れないんだって、無念の気持ちが…伝わって来る。



「来年も…いっぱい咲くといいですね。」



私はおばあちゃんに一瞥し、道の先へと…一歩、踏み出した。



――と、次の瞬間…



私は、おばあちゃんが去ったその道へと…、ぐるり、と振り返った。






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