明日ここにいる君へ
微妙な距離を保ちつつ、なんとか教室にたどり着いた私は、さっさと自分の席について…
ふううっと大きく…息を吐いた。
「悠仁様、今日は一層セクシーですなあ。」
朝の挨拶がわりに放った、シンの戯言に…
私は思わず、机に顔を伏せた。
「………?おおお……、鎖骨!鎖骨が見える!
」
「………ハイハイ。」
「……ちょっと。他の女にただで見られていーわけ、アンタは。」
「………………。どうぞ、見放題。」
「………。ふーん?」
日に日に…、シンの戯言は、他人事ではなくなっていることを。私は十分に…自覚していた。
悠仁に抱きついてしまったのは、つい…数十分前。
シャツ越しでも感じた……君の鼓動。
男の人の、汗の匂い。
筋肉質な…身体。
それら全てが……
リアルに、蘇ってしまう。
「………楽しそうだなー、悠仁様。いいことでもあったのかな。」
「……………さあ。」
本当ならば、シンに真っ先に伝えるべきなのに…心が追い付いていかない。
「櫻井、大丈夫?」
突如…ポン、と頭に降ってきた…温もり。
汗で湿った髪の毛をわしゃわしゃと撫でる大きな手。
現実に呼び戻すような、穏やかなトーンで、私に声を掛けて来たのは…常盤くんだった。
「まだ具合良くなってないんじゃ…」
「大丈夫。完治。元気。」
つとめてクールに。簡潔に…答える。
何故なら、遠く離れた席から…
君の視線を、感じたから。
「今日は偉く冷たいね。」
「………。そう?」
「うん。キョドってるし。」
「…………。病み上がりだから。」
「言ってることがおかしいけど。」
「………………。」
常盤くんは……手強い。
優しい顔して、チクリと…痛いところを攻めて来る。
……が、
更に1枚上手なヤツが…ここにいた。
「………ふーん、どれ?」
いつのまにか、私の机の前でしゃがみこみ…
額に掌を当てて来る男…、
登坂悠仁。
「……スゲー汗。恋煩いで熱のぶり返ししたんじゃね?」
それから……
相手を牽制することも、忘れない。
だからといって、それ以上構って来ることはなくて…
何事も無かったかのように、飄々と戻っていく姿は。
常盤くんよりも、ずっとずっと…質が悪い。
後は自分で何とかしろって…言われてるみたいだ。
「なんだ…、アレ。」
常盤くんが…クスクスと笑う。
「牽制したようで放置って…。ツメが甘いなあ、悠仁。」
「……違うよ。」
「ん?」
「あの人は…、私を試してるだけ。」
「Sか。」
「……だね。」
「苦労するね、お互い。」
「ホントにね……。」
「じゃあ、こっちもお返しさせてもらうよ。」
常盤くんはそう言って、にこっと笑うと。
悠仁の元に向かって…歩き去って行った。