明日ここにいる君へ
柱時計は、よくよく確認すると――…、時報の音と、時間とが…ズレていることに気づいた。
「2分前に鳴っちゃうとかって…、紛らわしいよ、ほんと。」
そうぶつくさ言いながら、お母さんの指示に従って。
時計のガラス部分を…開ける。
「さっきも、合わせたつもりだったのに…」
と、そこまでいい掛けて。
「アンタ……どこ触った?!」
突然、凄い剣幕で…睨まれたから。
その先の言葉が、どこかに飛んでいってしまった。
「……え?あの、長い針をぐるっと回して…。」
「どっち回りに!」
「時計回り。」
「あ、そう。」
「……ああ…それから、」
「まさか、短針も動かしたんじゃ…。」
「え…、触ってない。触ってないけど…、このネジみたいなヤツ2つもあってどうしたらいーのか分からなくって…」
「…………そう。」
あからさまに…、ホッとした顔。
「貸しなさい。」
興味無さそうに見えて、一体どれだけ…こだわっているのか。
母に手渡した…時計は、ほんの少し埃が…被っていて。
私の手の跡が…うっすらと残されていた。
「長いこと…、はずしては無かったからね…。」
自分に…言い聞かせるようにして。
彼女は、大きくて重い、ソレに……そっと、まるで割れ物に触れるかのようにして…大切そうに、触れる。
ネジを二つ…捻って。
長針を…動かして。
外しとった短針を…、上から嵌める。
それから、もうひとつ。
時計を元の位置に設置した後には、
垂れ下がるようにして存在するネジを…調節しながら。
時報を…鳴らす。
何度も、何度も……、時報の数が、正しく打たれるまで。
『時を合わせる』。
それは…、今の世の中では、簡単にできてしまうもので。
そうじゃなくても…、
スマフォひとつあれば…、正確な時間を知ることができる。
テレビをつければ…、そこに、表示されている。
目覚まし時計も、壁掛けの…時計も。
操作に難を感じたことは…、ない。
けれど、この時計が…世に普及した時。
当時の人たちは…これが不便だとか、面倒だとか、思ったことも…ないのだろう。
人の価値観の…違い。
これは案外、奥が深いものだ。
お母さんが…作業を始めてから、数分がたって。
最後に…時計を元の場所に戻すと、ちょん、と、振り子に触れて…
それが左右に揺れるのを確認した後に…
ガラス扉をぱたん、と閉じた。
「………この仕事…、なかなかさせて貰えなくてね。」
お母さんは、ふうっと長く息を吐いた後に…
白黒の写真を見上げて、懐かしそうに…微笑む。
「これは、ずっと…お父さんの仕事だった。」
「……おじいちゃん、の?」
おじいちゃんは…、私が産まれて1年も経たずに亡くなっている。
だから…、どういう人だったのか、全くと言っていいほどに…知らなかった。