明日ここにいる君へ
行き先が…何処であるのか。明確な返事はないまま。
二人…電車の長椅子に座っていた。
前に…こうして出掛けた時とは違う、緊張感。
それに……悠仁が気づかない筈もなく。
会話が途切れないようにと…気を遣っているのが分かった。
「娘を奪いに来たどこぞの馬の骨って感じなんだろうな、きっと。」
あくまでも…おどけて。
お母さんを悪者には…しないように。
柔らかい口調で話すのは。
君の…優しさなんだろう。
「アレが料理上手な母ちゃんか。お前も…アレだな、おにぎりもまともに出来ないくらいだから、流石にヨメにはやれんだろうと先を心配されてんだろ?」
「………失礼だね、それ。」
「あっつい緑茶が飲みたかったなあ~。」
「……………。……悪かったね。」
「アレはあれで旨かったけどな?」
大きな手が……、何度も頭を撫でる。
『大丈夫だよ』
『心配いらないよ』、と――…まるでそう伝えるように。
「ティーパックだもん、七世でも失敗しないように出来てるってのが、さっすが。イギリス産万歳。」
「……ムカつくな。もう反論する気も起きない。」
「……それはいいことだ。」
「……は?」
悠仁の手が。
膝に置いていた、私の手を…ガッチリと掴む。
次第に……、君の顔が近づいて。
その、吐息が…鼻先にかかるくらいの距離になったとき。
『バチンっ!』とついつい力を込めて…頬をはたいてしまった。
「……オイ。」
「………何。」
「公衆の面前で何してくれてんだ。」
「アンタの方でしょ、それ。人前で何しようとした?」
「だって、抵抗しないって言った。」
「意味を履き違えてる。」
「………紛らわしいわ、ボケ。」
「うるさい、変態。」
可笑しいね。
悪態つき合ってるのに…、握った手は離さないなんて。
「まあいいけどさ、うちのおかんに会うなら…それくらい気の強い女じゃないと。」
「………………。……何、厳しい人なの?」
「ううん、優柔不断で…そのくせ、頑固。だから……ガツンと言ってやるくらいで丁度いい。……多分。」
「………そっか…。」
悠仁と…出会って。
初めてお母さんの話を…聞いた。
自信なさげに、けれど…そうだと信じてるような、語り口調。
君を産んでくれたその人が…、どんな人だろう、と。
君は…その人に似ているんだろうか、と――…。
こっそり想像したりして……
目的地まで…ずっと、がら空きの長椅子で肩を寄せ合いながら、電車に揺られていたのだった。