明日ここにいる君へ
彼は躊躇なく猫を抱き上げると……。
自分の目の高さにして、
じいいっと見つめる。
「……ヤバい、可愛すぎ。」
それから、にっこりと微笑む。
「…………。」
なんていう顔してくれるのよ。
おかげで、ついうっかりキュンとしちゃったじゃない。
相合い傘をしたまま。
悠仁は、くるりとこっちを向いて……。
「…櫻井も来る?」
この至近距離で……サラリと問う。
「……え。……は?」
「頭の傷完治するまで部活禁止って釘刺されて、正直暇なんだよね。それに…、可愛いって思ったから助けようとしたんだろ?」
「………。いや…私は…暇じゃないし、服、濡れてるし。」
てか、急にこの距離感はナニ?!
「…どう見てもオフモードに見えるけどね。部屋着?」
しまった。そもそもの服装…!
「ゆる〜い感じ、似合うじゃん。俺ので良ければ適当に貸すよ。」
え。ますますハードル高いし。
……でも、不思議だ。この人の言葉の真っ直ぐさに嘘はないって思えるのだから。
「…何もしない?」
「はいい?」
「私に…何もしない?」
「はあ?・・・する訳ないじゃん」
「……だよね。」
そういう意味で誘う訳はない。ただ聞いてみたかっただけ。
そもそもただの気まぐれ、
ただの思いつき。
思ったことを……すぐ言っちゃうんだもんね。この人絶対、天然で人を振り回すタイプ…。
「………アンタん家、どこ?」
「さっきのコンビニの斜め向かいのマンション。なに、来るの?」
「うん、家で着替えてから。」
「…着替えてから来るの?」
「うん」
「めちゃくちゃ暇なんじゃん。」
「……!やっぱりやめ…」
「入口で303って部屋番号入れたら呼出しボタ押して?自動ドア開いたらテキトーに入って来て。鍵開けとくから。」
私は自分の傘を持って……
「じゃあ、後で。」と、緊張を悟られないように、極めてドライに挨拶し踵を返す。
「おー。あとで」
返って来たこれまた自然な別れの言葉を背に受けて。スタスタと・・・先を急ぐ。
少し歩いて、
後ろへと……振り返る。
傘を差した悠仁の後ろ姿。
その……広い背中が消えていくまで…。
私は……そっと見送った。
見えなくなると同時に、ぽつんと一人……、急にもの寂しくなった。
「……………。」
これから、そんな日がやって来るのに。
覚悟など………
まだ、できていなかった。
なぜなら、
彼等はまだこんなにも元気に……
生きているのだから。