明日ここにいる君へ
「まさか本当に来るとは思わなかった。」
ドライヤーを私の手から奪って、悠仁がケタケタと笑う。
ここは…、登坂悠仁の部屋。
「……え。誘ったのにそれ言う?」
「まあそうだけど。……ぉお、ふわっふわ…!」
君は、この部屋に女の人がいることに…さほど違和感はないのだろう。
寧ろ、なれているのか、大いに…くつろぎモード。
板張りのフロアに、胡座をかいて。
呑気に欠伸などしている。
部屋着に着替えているから…なお、そう見えてしまう。しかも、顔のいい人は何着たって似合っちゃうんだから…不思議だ。
初めて訪れる男の人の部屋は、ちょっと雑然とした…趣味部屋みたい。
棚に並ぶ…バスケの雑誌と漫画。
壁には…海外選手のポスター。
もちろん、見慣れた茶色のボールも、ベッドの上に置かれていた。
休日でも、
何処にいても、ボールを触っているらしい。
何とも、彼らしい。
「………あれ…?」
部屋の中に、1つだけ…違和感。
ベッドと本棚の隙間に……、サッカーボールが1つ。
「ん?何ー?」
「あ……、ううん。何でもない。」
私は首を横に振って、慌てて視線を…逸らした。
「………。そーいや、さっきもだけど、私服見たの…初めて。」
悠仁の言葉に。
ドキリ、と心臓が跳びはねた。
何故なら、たった今…同じことを考えていたから。
「それもそれで似合うし。」
以心伝心?
…いや、違う。彼の言葉は、私に向けられたものなのだから。
「…………。」
私達の微妙な会話のやりとりは…
ドライヤーの音で、なんとか…間を持たせていた。
乾いたその猫は……、ふわっふわの白猫。
悠仁は体育座りしたその膝に子猫を乗せて……
「…名前つけるか。」
私に言ってるのか、猫に言ってるのかわからないけれど…、ぽつりと呟いた。
「…よーし。わかった!・・・櫻井、考えてよ。」
「え、私……?!」
「そーゆーのは第一発見者がつけるもんだろ?」
「……は?何そのなすりつけた感じ。てか、もしやネーミングセンスに自信ないんだ?」
「……。こーゆーかわいいのにはそれ相応の名前でないと。俺につけさせたら『ハチムラ』とか『ジョーダン』とか『ハナミチ』になるけどいいの?」
……バスケットマン?
「……。嫌。」
「お前なら考えつきそーじゃん。頭いいし。」
「私、センスないかもよ?」
「あ~……、確かに。優等生らしいつまんねー名前になりそう。」
子猫がいるせいか……、彼はずっと穏やかな表情のまま、私と話していた。
そういう私も……。
この人が全く気を遣う様子もないから……
おかげでごく普通に、対応できる。
「……変な名前になっても我慢してね。言い出したのはアンタなんだから。明日までには…考えとく。」
「明日までって…、まあいーけどさ。……あ。じゃあ今日は名なしか!ほ~れ、『名無し』、お前もこの姉ちゃんにゴマすっとけ。頭良くなるぞ~。」
悠仁が猫をぶらんと抱えて。
私の前に差し出す。
「……失礼な。」
『名無し』を受け取けとろうとすると…、少しだけ…悠仁の手に触れた。
「……あったかい…。」
「……?ん?」
「アンタの手。」
「ああ。うん?」
「…………。」
血が通っている……、ポカポカと温かい手。
生きている…証。
「…櫻井は冷たい。」
彼は私の手をしっかりと掴むと……
「冷血漢と呼ぶか。」
ニヤリと笑う。