明日へのメモリー
1
ゆるやかなピアノ曲が急に途絶えた。
照明が落とされ、マスターが片付けを始めた。
窓から星くずのような東京の夜景が見渡せる、高層ホテルのスカイラウンジ。
ムードライトが照らす中、いつの間にか客は、わたしと樹《いつき》さん、二人だけになっていた。
もう真夜中のようだ。
目の前に座るスーツ姿の樹さんは煙草を手に、じっとしたまま動かない。
さっきのわたしの言葉が、楽しかった夜に、どうしようもないほど亀裂をつくってしまった。
でも、詳しい事情は話せない。
話してもどうにもならない。この人が困るだけ……。
別に何かを期待したわけじゃない。
ただ、彼との最後の夜を楽しく過ごせればそれでよかった。
今夜、わたし達の長くて短かった春の日はジ・エンドを迎える。