明日へのメモリー

 ゆるやかなピアノ曲が急に途絶えた。

 照明が落とされ、マスターが片付けを始めた。


 窓から星くずのような東京の夜景が見渡せる、高層ホテルのスカイラウンジ。

 ムードライトが照らす中、いつの間にか客は、わたしと樹《いつき》さん、二人だけになっていた。


 もう真夜中のようだ。

 目の前に座るスーツ姿の樹さんは煙草を手に、じっとしたまま動かない。

 さっきのわたしの言葉が、楽しかった夜に、どうしようもないほど亀裂をつくってしまった。


 でも、詳しい事情は話せない。

 話してもどうにもならない。この人が困るだけ……。

 別に何かを期待したわけじゃない。

 ただ、彼との最後の夜を楽しく過ごせればそれでよかった。


 今夜、わたし達の長くて短かった春の日はジ・エンドを迎える。


< 1 / 71 >

この作品をシェア

pagetop