明日へのメモリー
「つ、つまり……、今日、来てもらったのは……お礼を言いたかったの」
樹さんが、さっとこちらを向いた。今度は何とか笑みを繕う。
「今まで長いこと、わたしの子守をしてくれてありがとう。わたしも、そろそろ自分で歩いていかなくちゃ……。やっと、樹さんから卒業する時が来たってことよね」
「……つまり、本日付けで、俺はお払い箱……ってことか?」
きしんだ声。彼とも思えないほどかすれている。
違う! と慌てて首を振った。
「まさか! だって、樹さんにとっても、ちょうどよかったでしょ……?」
「『ちょうどよかった』? 何がよかったんだよ? 俺にわかるように、はっきり言えよ!」
吼えるような叫びだった。激昂し、マスターの目も忘れたように、わたしを揺さぶってくる。
弱くなった涙腺から、たちまち涙が溢れてきた。
それに気付いたのか、彼はいきなり手を離すと立ち上がった。
はらはらしながら見ているマスターに、無言で支払を済ませ、振り向きもせずにラウンジから出ていく。
わたしは慌ててコートとバッグを取り上げ、追いかけた。