明日へのメモリー
そっと腕から出ようとしたとき、彼が目をしばたかせた。
ぎくっとしたのを隠して微笑みかけると、眠そうな声がつぶやく。
「起きたのか……? もう少し休めよ。朝になったら送ってくから」
「うん、お休みなさい……」
素直にうなずくと、樹さんは微笑ってまたすぅっと眠ってしまった。
たった今苦労して抜け出した腕の中に、もう一度閉じ込められてしまったことに気付き、苦笑する。
それじゃ、もうちょっとだけ……。
プラスαの時間を楽しんでから、細心の注意を払ってベッドを抜け出した。
ルビーのペンダントをはずして目に付くテーブルに置くと、静かに身支度を整え、ホテルを出る。
朝になって、気まずく言葉を探しながらお別れ、なんて絶対に嫌。せっかくの夜が台無しになってしまうもの。
今、黙って立ち去るのが一番いい。
外に出ると、ビルの間から冴え冴えと夜明けの光が差していた。
少し目に染みる……。
ホテルの前でタクシーを拾い、家に帰る道すがら、伝言みたいにメールした。
“とても素敵な夜でした。そして、今まで本当にありがとう!
樹さんのこと、きっと、ずっと大好きです。”
変な文……。くすっと笑って携帯を閉じると、わたしは小さく吐息をついた。
でも、これでもう、思い残すことはないから……。