明日へのメモリー
「あら、もったいないわ!」母が声を高める。
「九重といえば日本を代表する企業の一つじゃないですか。なら、あなたも九重に就職なさればよかったのに」
「………」
「もういいでしょ、お母さん! 何あれこれ聞いてるのよ」
わたしは急いでさえぎった。彼が目に見えて辟易《へきえき》しているのがわかったからだ。
ありがとう、と言うように、微笑みかけてくれたので嬉しくなる。
そのとき、急にひらめいた。母と樹さんを交互に見比べて言う。
「ねぇ、お母さん! もしよかったら、榊原さんに、わたしの家庭教師になってもらえない?」
えっ? と、二人同時に見返してきた。めげずに懸命に説得する。
「ほら、わたしの数学と英語、心許ないでしょ? おじいちゃんの紹介なら間違いないし」
「そう言えば、そうね」
母もうなずいてくれる。
「どっちみち、誰かにお願いしなきゃと思っていたの。あなた、アルバイトにどうかしら?」
彼はびっくりしたように少し考えていたが、別にいいですよ、とOKしてくれた。
その夜は、興奮のあまり、なかなか眠れなかったのを覚えている……。