HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
それにしてもどうして二人はあんなに仲が良くみえるのだろう。
午後の授業中、私の目は先生と黒板を往復しているが、頭の中にはこの命題が居座っていて、先生の話はまるで耳に入ってこなかった。
――私の知る限り、清水くんと綾香先生は今回が初対面なのに……。
もしかしたら以前から知り合いなのではないかと、まず疑ってみる。しかし昨日の昼休み、清水くんは綾香先生のことを突き放した感じで語っていたから、きっと違う。
――ということは、綾香先生といきなり仲良しになっちゃったってこと!?
この案はできれば捨ててしまいたいけど、どうもこの線が濃厚だ。私は弁当を早食いしたせいか胸焼けを覚えて、机に突っ伏したいのをギリギリのところでこらえていた。
――嫌だな。ムカムカする。
胸焼けの原因が弁当ではないことくらい、本当はわかっている。でもそれを認めるわけにはいかない。認めたら負けてしまうような気がするから。
――負ける? 何に?
それがよくわからなかった。
綾香先生には最初から何もかも負けているのだ。張り合ったところで勝てるわけがない。彼女は私のような凡人とは違う特別な人なのだ。
――だけど……。
私の腹の中でむくっと何かが起き上がった。
――私は清水くんの彼女だよ? 誰が何を言おうとこれが事実。どうして私が惨めにならなきゃいけないの?
確かにそれは事実なのだが、二人が親しげに話す光景が私の心に致命的な敗北感を植えつけたのも事実だった。
しばらく思考を停止させた。ぼんやり黒板を眺めてみる。
事実は二つ――。
私と清水くんは付き合っているということ。これは現在進行形。
もう一つは、清水くんと綾香先生は出会ったばかりなのに、二人の間には誰も入り込めそうにない親密さがあるということ。
つまり私は清水くんと綾香先生の仲のよさに激しく嫉妬しているのだろう。認めたくはないが、さすがの私も、もやもやとムカムカとズーンの三重奏には耐えがたくなってきた。
――きっと綾香先生はさっきの会話なんか何とも思っていないよ。
そして隣の清水くんもそうだ。彼にとってあんな出来事は取るに足らないこと。
意識しているのは、柱の影から覗き見していた私だけ。
しかし一度湧き出てきた醜い気持ちは、心の中にのさばっていて消える気配はない。
昨日の高梨さんもこんな気持ちだったのだろうか。いや、たぶんもっと辛かったよね。堀内くんはそれをどう思っているんだろう?
何気なく清水くんの顔を見る。
彼は私が板書をノートに書き写さないことを訝しんでいるようだ。私は慌ててシャープペンシルを握った。でもノートに一生懸命書写することが無意味に思える。勉強なんか毎日の生活では何の役にも立たない気さえしてくる。
――それは違うよ。
私の脳内に冷静な声が響く。
――だけど教科書は恋愛のことなんか何にも教えてくれないでしょ。
反対側から大声で反論が巻き起こった。
すると私の中の冷静な人格が沈黙してしまったようだ。
やっぱり真面目に勉強なんかしたところで、日々の生活力には直結しないんじゃないだろうか。つまり時間の無駄。
――ねぇ、高橋舞。本当にそれでいいと思う?
ため息が漏れた。
一生懸命勉強したところで、対人関係を上手くこなせるようになるわけじゃない。それでもなぜか勉強はしたほうがいいような気がする。
――そりゃ、できないよりはできたほうがいい。
消極的な意見だけど、そこで私の脳内は落ち着いたようだ。なんかこう、冷静な人格の上から目線に負けたような気もするけど、気分はそれほど悪くない。
板書を急いで書き写しながら、私は決心した。
――放課後、もう一度綾香先生のところに行こう!
私の憧れの大学に通っているくらい人だから、彼女は何かを乗り越えて行ったのだと思う。田中くん情報によると、綾香先生も恋愛面ではいろいろと苦労しているようだし。
それに二人の仲をぐずぐずと嫉妬している自分自身がとても嫌だった。「二人の仲」なんて大げさに考えること自体がバカバカしいのに、何が何でもそこに執着してしまう私がいる。
――これも恋の成せるわざ? ……にしては、陰湿で嫌な感情だな。
よく恋を「甘酸っぱい」なんて言うけど、私の胸の内側は全然「甘」くなくて、ただ「酸っぱい」だけ。こんな状態で勉強に身が入るわけがない。
――よし、綾香先生に突撃して、もやもやムカムカズーン三重奏を吹っ飛ばしてもらおう!
ものすごく他力本願な考えではあるけれども、そう考えただけでも少しすっきりするから不思議だ。
綾香先生はきっと普通の人とは違う。そんな自分勝手な思い込みもあった。だってあの美人オーラは絶対タダモノではないですから!
脳はフル活動していたにもかかわらず、先生の話はほとんど頭に入らないまま、この日の授業は終了した。
午後の授業中、私の目は先生と黒板を往復しているが、頭の中にはこの命題が居座っていて、先生の話はまるで耳に入ってこなかった。
――私の知る限り、清水くんと綾香先生は今回が初対面なのに……。
もしかしたら以前から知り合いなのではないかと、まず疑ってみる。しかし昨日の昼休み、清水くんは綾香先生のことを突き放した感じで語っていたから、きっと違う。
――ということは、綾香先生といきなり仲良しになっちゃったってこと!?
この案はできれば捨ててしまいたいけど、どうもこの線が濃厚だ。私は弁当を早食いしたせいか胸焼けを覚えて、机に突っ伏したいのをギリギリのところでこらえていた。
――嫌だな。ムカムカする。
胸焼けの原因が弁当ではないことくらい、本当はわかっている。でもそれを認めるわけにはいかない。認めたら負けてしまうような気がするから。
――負ける? 何に?
それがよくわからなかった。
綾香先生には最初から何もかも負けているのだ。張り合ったところで勝てるわけがない。彼女は私のような凡人とは違う特別な人なのだ。
――だけど……。
私の腹の中でむくっと何かが起き上がった。
――私は清水くんの彼女だよ? 誰が何を言おうとこれが事実。どうして私が惨めにならなきゃいけないの?
確かにそれは事実なのだが、二人が親しげに話す光景が私の心に致命的な敗北感を植えつけたのも事実だった。
しばらく思考を停止させた。ぼんやり黒板を眺めてみる。
事実は二つ――。
私と清水くんは付き合っているということ。これは現在進行形。
もう一つは、清水くんと綾香先生は出会ったばかりなのに、二人の間には誰も入り込めそうにない親密さがあるということ。
つまり私は清水くんと綾香先生の仲のよさに激しく嫉妬しているのだろう。認めたくはないが、さすがの私も、もやもやとムカムカとズーンの三重奏には耐えがたくなってきた。
――きっと綾香先生はさっきの会話なんか何とも思っていないよ。
そして隣の清水くんもそうだ。彼にとってあんな出来事は取るに足らないこと。
意識しているのは、柱の影から覗き見していた私だけ。
しかし一度湧き出てきた醜い気持ちは、心の中にのさばっていて消える気配はない。
昨日の高梨さんもこんな気持ちだったのだろうか。いや、たぶんもっと辛かったよね。堀内くんはそれをどう思っているんだろう?
何気なく清水くんの顔を見る。
彼は私が板書をノートに書き写さないことを訝しんでいるようだ。私は慌ててシャープペンシルを握った。でもノートに一生懸命書写することが無意味に思える。勉強なんか毎日の生活では何の役にも立たない気さえしてくる。
――それは違うよ。
私の脳内に冷静な声が響く。
――だけど教科書は恋愛のことなんか何にも教えてくれないでしょ。
反対側から大声で反論が巻き起こった。
すると私の中の冷静な人格が沈黙してしまったようだ。
やっぱり真面目に勉強なんかしたところで、日々の生活力には直結しないんじゃないだろうか。つまり時間の無駄。
――ねぇ、高橋舞。本当にそれでいいと思う?
ため息が漏れた。
一生懸命勉強したところで、対人関係を上手くこなせるようになるわけじゃない。それでもなぜか勉強はしたほうがいいような気がする。
――そりゃ、できないよりはできたほうがいい。
消極的な意見だけど、そこで私の脳内は落ち着いたようだ。なんかこう、冷静な人格の上から目線に負けたような気もするけど、気分はそれほど悪くない。
板書を急いで書き写しながら、私は決心した。
――放課後、もう一度綾香先生のところに行こう!
私の憧れの大学に通っているくらい人だから、彼女は何かを乗り越えて行ったのだと思う。田中くん情報によると、綾香先生も恋愛面ではいろいろと苦労しているようだし。
それに二人の仲をぐずぐずと嫉妬している自分自身がとても嫌だった。「二人の仲」なんて大げさに考えること自体がバカバカしいのに、何が何でもそこに執着してしまう私がいる。
――これも恋の成せるわざ? ……にしては、陰湿で嫌な感情だな。
よく恋を「甘酸っぱい」なんて言うけど、私の胸の内側は全然「甘」くなくて、ただ「酸っぱい」だけ。こんな状態で勉強に身が入るわけがない。
――よし、綾香先生に突撃して、もやもやムカムカズーン三重奏を吹っ飛ばしてもらおう!
ものすごく他力本願な考えではあるけれども、そう考えただけでも少しすっきりするから不思議だ。
綾香先生はきっと普通の人とは違う。そんな自分勝手な思い込みもあった。だってあの美人オーラは絶対タダモノではないですから!
脳はフル活動していたにもかかわらず、先生の話はほとんど頭に入らないまま、この日の授業は終了した。