HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
 母が俺の部屋を出ていくと、俺は急いで舞に電話をした。

「なにかあったんですか?」

 いきなりそう言われて、俺は少し面食らう。テンションを上げているつもりなのに、なぜバレてしまうのか。

「どうしてそう思う?」

「なんとなく」

 俺は声を出さずに苦笑した。顔は見えなくても、舞の心配そうな表情が電話越しに想像できてしまう。

「俺はいつでも本気なんだけどな」

「は?」

「俺って本気に見えない?」

「なんの話だかさっぱりわかりませんが、少なくとも清水くんの必死なところは見たことがないですね」

「その『清水くん』ってそろそろやめない?」

 必死な姿なんて無様なだけだろうと思いながら、俺はずっと気になっていたことを言ってみる。

「他の呼び方を思いつかないので」

「俺には『暖人』という名前があるんだけどね」

「そうですか」

「いや、『そうですか』じゃなくて、『暖人』って呼んでよ」

「嫌です。というか無理です」

「どうして?」

「呼びにくいから」

「どう考えても『清水くん』より『暖人』のほうが呼びやすいって。本当は恥ずかしいだけでしょ?」

「……それは、そうですけど……」

 ヤバい。俄然、楽しくなってきた。ちょっと赤くなった舞の頬が目に浮かぶ。

「なにが恥ずかしいの? 俺のことが好きすぎて、名前を呼ぶのも恥ずかしい?」

「そうじゃなくてっ!」

「じゃあ呼べるよね?」

「え?」

 あまりいじめるのもどうかな、と思うけど、こんな機会もそうそうあるわけじゃないから、簡単に引き下がったりはしない。

「『暖人』が無理なら『はるくん』でもいいよ。あ、でも今は言わなくていい」

「そう、ですか……?」

「だって電話じゃなくて、直接聞きたいから」

 電話の向こうで舞が固まった。見えないけど、きっと間違いない。

 壁の時計はそろそろ午後11時を回ろうとしていた。

 俺は「じゃ、また明日。おやすみ」と言って電話を切る。

 いつまでも話していたくなるから、電話は10分以内で終わらせるようにしているのだ。電話代もバカにならないし、続きは明日話せばいい。今という時も大切だけど、明日の約束も大事なことだから。

 ベッドに入り、ぼんやりと未来のことを考える。

 いつになったら舞はよそよそしい態度をやめるのだろう。

 そりゃ、突然なれなれしくなっても驚くけど、いまだに丁寧語で返事をされるのは、正直嬉しくない。まぁ、舞が丁寧語になるのは限られた場面だけど、それ以外はほとんど業務連絡だよな、あれじゃあ……。



 やはり彼女の鎧(よろい)を脱がすのは容易じゃない。

 しかし、だからこそやりがいがあるというものだ。

 とはいえ、どうする――?



 これで相手が他の女子なら自分から鎧を脱ぐように仕向けることもできるが、舞には同じ手を使うことはできない。すでに俺はお手上げ状態だった。

 そろそろ俺も本気にならなきゃダメなのか……。

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