HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
 それから一週間ほど平穏な日常が続き、あっという間に学校祭の前日となった。

 舞は消極的な態度ではあるが、学校祭の準備に協力してくれている。

 西こずえ率いる女子グループも表立って嫌がらせをしてくるようなことはなく、クラス内にトラブルらしきものは見当たらない。すこぶる順調に我がクラスのお化け屋敷は完成へと向かっていた。

 学校祭の前日は割り当ての教室での作業になる。お化け屋敷は2教室を使用し、教室同士の連結部分はベニヤ板に囲われた通路を設置した。つまりここだけ廊下に張り出している状態だ。

 教室内もベニヤ板の仕切りで通路を作り、各所に仕掛けを設ける。

 だいたいがよくあるお化け屋敷の仕掛けで、真っ暗な中、天井から吊り下げた布切れが顔を撫でるとか、実際に人間が隠れていて通過する客を驚かせるなどのありきたりなものだ。

 そうとわかっていても、お化け屋敷はなぜか人気がある。

 おそらくみんな、期待どおりのスリルを味わいたいだけなのだ。もしこんな学校祭ごときのお化け屋敷が想像を絶する恐怖体験を提供してしまったら、怒り出す客もいるかもしれない。人間の心理のほうがよほど不思議なからくりだ、と俺なんかは思ってしまうのだが。

 教室内の仕切りが完成した段階で、俺は廃材を捨てるために教室を出た。

 学校のゴミ集積所から戻ってきて、家庭科室の前を通る。昨日までは教育実習生の控室だったのに、今は3年生が慌しく出入りし、ドアには「しろくま食堂」と看板が取り付けられていた。

 ――なぜ、しろくま?

 そのネーミングセンスに首をひねりつつ階段を駆け上がり、2階の廊下を進んでいくと、俺の目に「理科室」の文字が飛び込んできた。

 近づいていくと、理科室内は会話が飛び交い賑やかだった。教育実習生の控室は、家庭科室から理科室へと引っ越していた。

 明日の学校祭で実習期間が終了する。昨日、多くの教職員が見学する研究授業を終えて、実習生たちはホッとした様子で寛いでいた。

 開け放したドアから、綾香先生の横顔が見えた。俺は思わずその姿に見入ってしまう。こうして綾香先生を見ることができるのも、明日が最後だと思うと非常に惜しい気がした。

「それで窓際で弁当を食べていたヤツがいたんだけど、ちょうどその窓が開いていたんだ」

「え、ちょっと、もしかして!?」

「そう! ホントに一瞬だったね。カラスがヒュウと飛んできたかと思うと、弁当のエビフライをくわえて飛んでいった!」

「うわぁ! これぞ、本当のエビフライ! でもその人、かわいそう」

 綾香先生が大げさに驚いて顔を覆った。黒い天板のテーブルを挟んで綾香先生とカラス談義で盛り上がっているのは、女子に大人気の谷口という男だ。確か谷口は数学の授業を担当していた。まぁ、噂にたがわず、男の俺でもハッとするような容貌の持ち主だ。

 そして綾香先生の隣には、冷ややかな目をした酒井先生が座っている。彼女はJ大学の院生らしい。

 しかし谷口はこの才女をほとんど無視して、ひたすら綾香先生へ話しかけていた。その視線の一途さに、俺の背筋が寒くなる。

 反射的に俺は「失礼します」とつぶやいて、理科室内へと乗り込んだ。

「あれ? 清水くんだ。どうしたの?」

 綾香先生がいち早く俺に気がついてくれた。それだけで溜飲が下がる思いだったが、明らかに敵意を含む視線をよこす谷口の鼻を明かしてやりたくなり、俺はこれ見よがしに綾香先生を誘った。

「進路のことで相談したいんですけど、お時間ありますか?」

「お時間はありますよ」

 綾香先生がにっこりと笑って俺を見上げた。その顔がサヤカさんに似ているようにも見えるが、全然違うような気もする。しかしこの人の目はなにかを訴えかけてくるから危険だ。

「じゃあ、ちょっと場所を移動しようか」

 俺がつい綾香先生に見入っていると、先生はスッと立ち上がる。それから谷口に軽く会釈し、俺の背中を押した。

 去り際チラッと横目で谷口を見ると、唇を噛んでくやしそうな表情をしている。

 俺はこれ以上ないほど満足して、綾香先生とともに理科室を後にした。
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