HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
#09 学園祭ラプソディ(side暖人)
ついに学園祭当日がやってきた。
今日のために夏休み前からコツコツと積み重ねてきたわけで、俺の胸は学校に近づくにつれ高鳴り、実行委員会が制作した学園祭歓迎アーチをくぐると、テンションはマックスに跳ね上がった。
そしていつもの教室ではなく、お化け屋敷に直行。菅原のほか数名がすでに到着していて、お化け屋敷の最終チェックを行っていた。俺もそれに加わる。
クラスメイトが揃い、形式的な朝のホームルームを済ませると、お化け屋敷の係分担を確認した。呼び込みと受付、それから浴衣姿の幽霊役は女子が担当し、男子は裏方に専念することになっている。係は1時間交代制で、それ以外の時間はもちろん自由行動となる。
俺は舞と一緒に学園祭をまわりたいと思い、昼食を共にする約束をしていた。
こんな学園祭のような行事で校内を一緒に歩いていたら、誰もが俺たちをカップルだと思うだろう。
だから舞は断固反対すると思っていたのに、驚くほどすんなりOKしてくれた。もちろん俺はめちゃくちゃ嬉しい。でもそのせいで舞が嫌な想いをすることのないよう気をつけなければならない。責任重大だ。
しかし舞の心境の変化がいつ訪れたのか、妙に気になるところだ。
――アレか。きっとアレのせいだ。たぶん間違いない。
俺は誰にも見られないようにクスッと笑う。
やっぱりスキンシップの効果は絶大だ。するとしないでは天と地ほどの差がある。とはいえ、まさか舞の態度を軟化させる効果まであるとは思いもしなかったから、これは一挙両得と言ってもいい。
教室内のスピーカーがブツッと音を立て、唐突に校内放送が始まる。午前9時ジャストに実行委員長が学園祭の開会を高らかに宣言した。
浴衣に着替えた髪の長い女子が幽霊らしいメイクを施し、暗がりであごの下から懐中電灯を照らし、タイミングをテストしていたが、田中の「お客さん、入りまーす!」という小さな大声で、慌てて明かりを消した。
お化け屋敷内は静寂に包まれ、裏方たちは息を詰めて客の足音を聞いていた。俺も出口付近の仕掛けで客を待つ。
セット完成後、予行練習を何度も重ねたのだから大丈夫――そう自分に言い聞かせていた。
「きゃーっ!」
突然、女性の悲鳴が上がる。そしてバタバタと慌しい足音が場内に響く。
どうやらあの仕掛けは大成功だったようだ。
俺は黒いマントを翻し、出口の前に立ちはだかる。
頭にはシルクハットをかぶり、一応吸血鬼のコスプレなのだが、明るいところで見ると、いかがわしいマジシャンにしか見えない。ま、今はこの衣装に文句を言っている場合ではなかった。
客は女子のふたり連れだった。俺の姿を確認すると笑顔で「えっ?」と小さく声を上げる。
その反応には内心複雑なものがあるが、俺はニヤッと笑ってマントの内側で勢いよく紐を引いた。次の瞬間、俺の肩に止まっていたこうもりが客めがけて飛んでいく。
「きゃっ!」
短い悲鳴が起こった。俺は横に1歩ずれ、道をあける。客は無事に出口へたどり着き、廊下ではクラッカーが鳴った。大成功の合図だ。
ホッと胸を撫で下ろし、こうもりの仕掛けを肩に戻す。こういった仕掛けの都合で、次々に客を入れることはできない。そのタイミングも昨日の練習では確認していたので、続く客も前後の入場者とぶつかることなく出口までやって来た。
なかなか順調な滑り出しだ。俺は胡散臭いシルクハットをかぶりなおし、表情も改める。
廊下を歩く人の数が増えてきた。
いよいよ外部からの客も来場するようになり、学園祭は活気を帯びる。廊下では「こちらにおかけになってお待ちください」と西こずえが客を案内している声がした。この吸血鬼の格好で廊下を覗くわけにもいかないので、受付と進行係が上手く連携してくれることを祈るばかりだ。
そうして30組ほどの客を出口へ送り出し、この吸血鬼役が板についてきたなと思ったころ、通路の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんなの、この仕掛け! セクハラだわ!」
鼻息荒く言い捨てる、その威勢のいい声は、たぶん1年の桜庭とかいう女子のものだ。昼休みに堂々と俺たちのクラスに入ってくるだけあって、上の学年を完全になめている。彼女は年長者に対する尊敬とか、畏怖のようなものはまったく持ち合わせていないらしい。
せっかく周囲から「かわいい」とちやほやされる容姿を持っているのに、使い方を誤っているとしか思えないが、桜庭さんもまだ高校1年生だ。いろいろな経験をして、これから徐々に角が取れていくのだろう。
――彼女にはまったく興味ないけどね、俺は。
そして桜庭さんとその友達が出口前に到着した。
「あっ! 清水先輩!」
桜庭さんの顔が花が咲いたように満面の笑みになる。しかしその笑顔はかわいいというより、凄味さえ感じられて怖いくらいだ。
俺は眉に深く皺を刻んだまま、近づいてくる桜庭さんとその友達にこうもりを放つ。それから脇によけようとしたが――。
「きゃーっ! 怖いー!」
ドンとなにかが俺に体当たりしてきた。
「ちょっ、放せ! 出口は後ろだ」
「だって怖かったんだもん。少しこのままで……」
「はい、時間です。スムーズな運営にご協力ください」
俺はしがみついてくる桜庭さんを引き剥がし、友達のほうへ押しやった。友達は驚いた顔で桜庭さんと俺を見比べている。
「先輩、その格好、写真撮ってもいいですか?」
「そんな時間ない。悪いけど、君のためにこのお化け屋敷全体を止めるわけにはいかないんだ」
「えー、すぐ終わるのだし、少しくらいいいじゃないですか」
「さ、もう出てくれる? これ以上営業妨害するなら、君の担任に報告させてもらうよ」
「別に担任なんか怖くないけど」
「桜庭さん、早く出よう。皆さんに迷惑だよ」
桜庭さんの友達は彼女より賢かった。俺の機嫌が悪くなってきたことに気がついたらしく、まだなにか言おうとする桜庭さんの背中を押して退場する。
俺は急いで着崩れたマントを直し、次の客のために準備をした。
いくら1学年の中で一番かわいい女子とはいえ、桜庭さんに抱きつかれても迷惑でしかない。ついでにあの「世界は私を中心に回っている」的態度、俺はやっぱり苦手だ。
そう考えると俺って、子どもっぽい女子より、大人の女性のほうが好きなのかもしれない。単に年上がいいというわけじゃなく中身が大人という意味で、ね。
だから舞のことを好きになったのも、俺の中では当然というか必然だったように思う。舞は普段他人に無関心な態度をしているが、実はとても情の深い部分がある。そして相手の気持ちを推し量る豊かな想像力――つまり俺に足りないものを持っていたから、強く惹かれたんだ。
俺は暗がりでニヤけていた。慌てて表情を引き締め、頭を切り替える。
それからしばらくすると出口の暖簾(のれん)から堀内が顔を出した。
「清水、交代の時間」
「ああ」
堀内は俺の頭からシルクハットを奪い取り、俺がつけていたマントを肩にかける。シルクハットから長い前髪が垂れ下がり、それだけでも妖しげな雰囲気が漂っていたし、黒いマントは線の細いひょろっとした身体によく似合っていた。
「堀内、吸血鬼が俺より似合うな」
「まぁね。ホントに美女に吸いついてもいいなら、もっとやる気出すんだけど」
「……お前、本当にやりそうだからヤダ」
堀内は声を出さずに笑った。
そういえばヤツの彼女、高梨にどうやらアレが来たらしい。そのせいか堀内の笑顔がいつもより華やいで見えた。
しかし恋愛に関して、俺がこの男に後れを取っているとはどうにも納得がいかない。付き合い始めたのは俺たちのほうが遅いのだから仕方ない部分はあるにしても、相変わらずチャラいところのある堀内を高梨はどう思っているのだろう。
相手がとっかえひっかえするような男でも「別にいいいんじゃない」と言い放った舞ですら、俺が女性と話をしているといい顔をしない。いや、俺は舞のそういう部分を好ましく思っているのだけど。
でも堀内と高梨は互いにそういった些細なことで嫉妬するような雰囲気がないのだ。
あれはやっぱりふたりの結びつきが強いからなのだろうと、俺は思う。それは付き合っている日数に比例して強固になるものなのか、それとも物理的な結びつきの効果なのか、そのあたりを是が非でも知りたいのだが……。
堀内に出口を任せて、俺はお化け屋敷の裏側へ入った。
今日のために夏休み前からコツコツと積み重ねてきたわけで、俺の胸は学校に近づくにつれ高鳴り、実行委員会が制作した学園祭歓迎アーチをくぐると、テンションはマックスに跳ね上がった。
そしていつもの教室ではなく、お化け屋敷に直行。菅原のほか数名がすでに到着していて、お化け屋敷の最終チェックを行っていた。俺もそれに加わる。
クラスメイトが揃い、形式的な朝のホームルームを済ませると、お化け屋敷の係分担を確認した。呼び込みと受付、それから浴衣姿の幽霊役は女子が担当し、男子は裏方に専念することになっている。係は1時間交代制で、それ以外の時間はもちろん自由行動となる。
俺は舞と一緒に学園祭をまわりたいと思い、昼食を共にする約束をしていた。
こんな学園祭のような行事で校内を一緒に歩いていたら、誰もが俺たちをカップルだと思うだろう。
だから舞は断固反対すると思っていたのに、驚くほどすんなりOKしてくれた。もちろん俺はめちゃくちゃ嬉しい。でもそのせいで舞が嫌な想いをすることのないよう気をつけなければならない。責任重大だ。
しかし舞の心境の変化がいつ訪れたのか、妙に気になるところだ。
――アレか。きっとアレのせいだ。たぶん間違いない。
俺は誰にも見られないようにクスッと笑う。
やっぱりスキンシップの効果は絶大だ。するとしないでは天と地ほどの差がある。とはいえ、まさか舞の態度を軟化させる効果まであるとは思いもしなかったから、これは一挙両得と言ってもいい。
教室内のスピーカーがブツッと音を立て、唐突に校内放送が始まる。午前9時ジャストに実行委員長が学園祭の開会を高らかに宣言した。
浴衣に着替えた髪の長い女子が幽霊らしいメイクを施し、暗がりであごの下から懐中電灯を照らし、タイミングをテストしていたが、田中の「お客さん、入りまーす!」という小さな大声で、慌てて明かりを消した。
お化け屋敷内は静寂に包まれ、裏方たちは息を詰めて客の足音を聞いていた。俺も出口付近の仕掛けで客を待つ。
セット完成後、予行練習を何度も重ねたのだから大丈夫――そう自分に言い聞かせていた。
「きゃーっ!」
突然、女性の悲鳴が上がる。そしてバタバタと慌しい足音が場内に響く。
どうやらあの仕掛けは大成功だったようだ。
俺は黒いマントを翻し、出口の前に立ちはだかる。
頭にはシルクハットをかぶり、一応吸血鬼のコスプレなのだが、明るいところで見ると、いかがわしいマジシャンにしか見えない。ま、今はこの衣装に文句を言っている場合ではなかった。
客は女子のふたり連れだった。俺の姿を確認すると笑顔で「えっ?」と小さく声を上げる。
その反応には内心複雑なものがあるが、俺はニヤッと笑ってマントの内側で勢いよく紐を引いた。次の瞬間、俺の肩に止まっていたこうもりが客めがけて飛んでいく。
「きゃっ!」
短い悲鳴が起こった。俺は横に1歩ずれ、道をあける。客は無事に出口へたどり着き、廊下ではクラッカーが鳴った。大成功の合図だ。
ホッと胸を撫で下ろし、こうもりの仕掛けを肩に戻す。こういった仕掛けの都合で、次々に客を入れることはできない。そのタイミングも昨日の練習では確認していたので、続く客も前後の入場者とぶつかることなく出口までやって来た。
なかなか順調な滑り出しだ。俺は胡散臭いシルクハットをかぶりなおし、表情も改める。
廊下を歩く人の数が増えてきた。
いよいよ外部からの客も来場するようになり、学園祭は活気を帯びる。廊下では「こちらにおかけになってお待ちください」と西こずえが客を案内している声がした。この吸血鬼の格好で廊下を覗くわけにもいかないので、受付と進行係が上手く連携してくれることを祈るばかりだ。
そうして30組ほどの客を出口へ送り出し、この吸血鬼役が板についてきたなと思ったころ、通路の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんなの、この仕掛け! セクハラだわ!」
鼻息荒く言い捨てる、その威勢のいい声は、たぶん1年の桜庭とかいう女子のものだ。昼休みに堂々と俺たちのクラスに入ってくるだけあって、上の学年を完全になめている。彼女は年長者に対する尊敬とか、畏怖のようなものはまったく持ち合わせていないらしい。
せっかく周囲から「かわいい」とちやほやされる容姿を持っているのに、使い方を誤っているとしか思えないが、桜庭さんもまだ高校1年生だ。いろいろな経験をして、これから徐々に角が取れていくのだろう。
――彼女にはまったく興味ないけどね、俺は。
そして桜庭さんとその友達が出口前に到着した。
「あっ! 清水先輩!」
桜庭さんの顔が花が咲いたように満面の笑みになる。しかしその笑顔はかわいいというより、凄味さえ感じられて怖いくらいだ。
俺は眉に深く皺を刻んだまま、近づいてくる桜庭さんとその友達にこうもりを放つ。それから脇によけようとしたが――。
「きゃーっ! 怖いー!」
ドンとなにかが俺に体当たりしてきた。
「ちょっ、放せ! 出口は後ろだ」
「だって怖かったんだもん。少しこのままで……」
「はい、時間です。スムーズな運営にご協力ください」
俺はしがみついてくる桜庭さんを引き剥がし、友達のほうへ押しやった。友達は驚いた顔で桜庭さんと俺を見比べている。
「先輩、その格好、写真撮ってもいいですか?」
「そんな時間ない。悪いけど、君のためにこのお化け屋敷全体を止めるわけにはいかないんだ」
「えー、すぐ終わるのだし、少しくらいいいじゃないですか」
「さ、もう出てくれる? これ以上営業妨害するなら、君の担任に報告させてもらうよ」
「別に担任なんか怖くないけど」
「桜庭さん、早く出よう。皆さんに迷惑だよ」
桜庭さんの友達は彼女より賢かった。俺の機嫌が悪くなってきたことに気がついたらしく、まだなにか言おうとする桜庭さんの背中を押して退場する。
俺は急いで着崩れたマントを直し、次の客のために準備をした。
いくら1学年の中で一番かわいい女子とはいえ、桜庭さんに抱きつかれても迷惑でしかない。ついでにあの「世界は私を中心に回っている」的態度、俺はやっぱり苦手だ。
そう考えると俺って、子どもっぽい女子より、大人の女性のほうが好きなのかもしれない。単に年上がいいというわけじゃなく中身が大人という意味で、ね。
だから舞のことを好きになったのも、俺の中では当然というか必然だったように思う。舞は普段他人に無関心な態度をしているが、実はとても情の深い部分がある。そして相手の気持ちを推し量る豊かな想像力――つまり俺に足りないものを持っていたから、強く惹かれたんだ。
俺は暗がりでニヤけていた。慌てて表情を引き締め、頭を切り替える。
それからしばらくすると出口の暖簾(のれん)から堀内が顔を出した。
「清水、交代の時間」
「ああ」
堀内は俺の頭からシルクハットを奪い取り、俺がつけていたマントを肩にかける。シルクハットから長い前髪が垂れ下がり、それだけでも妖しげな雰囲気が漂っていたし、黒いマントは線の細いひょろっとした身体によく似合っていた。
「堀内、吸血鬼が俺より似合うな」
「まぁね。ホントに美女に吸いついてもいいなら、もっとやる気出すんだけど」
「……お前、本当にやりそうだからヤダ」
堀内は声を出さずに笑った。
そういえばヤツの彼女、高梨にどうやらアレが来たらしい。そのせいか堀内の笑顔がいつもより華やいで見えた。
しかし恋愛に関して、俺がこの男に後れを取っているとはどうにも納得がいかない。付き合い始めたのは俺たちのほうが遅いのだから仕方ない部分はあるにしても、相変わらずチャラいところのある堀内を高梨はどう思っているのだろう。
相手がとっかえひっかえするような男でも「別にいいいんじゃない」と言い放った舞ですら、俺が女性と話をしているといい顔をしない。いや、俺は舞のそういう部分を好ましく思っているのだけど。
でも堀内と高梨は互いにそういった些細なことで嫉妬するような雰囲気がないのだ。
あれはやっぱりふたりの結びつきが強いからなのだろうと、俺は思う。それは付き合っている日数に比例して強固になるものなのか、それとも物理的な結びつきの効果なのか、そのあたりを是が非でも知りたいのだが……。
堀内に出口を任せて、俺はお化け屋敷の裏側へ入った。