HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
階段をのぼり、お化け屋敷を目指して歩いていくと、廊下にいた清水くんが目ざとく私たちを発見した。
「あれ、綾香先生。お化け屋敷に入るつもりですか?」
「なんで意外そうな顔されるのかな?」
綾香先生は不満そうに口を尖らせた。そんな顔をしてもかわいい。
しかし対する清水くんは、私を見てますます目を細めて渋い顔をした。
「もしかして、ふたりで入るつもり?」
「ダメなの?」
「ダメ」
驚くほどきっぱりとした否定だった。清水くんは綾香先生じゃなくて、私を見てそう言った。
「どうして?」
「いろいろと問題がありまして」
「どんな問題?」
「それは……」
言葉が続かない。彼が明確な理由を言えないなんて珍しいことだ。綾香先生と私はひそかに視線を交わす。先生が悲しい表情で言い募った。
「ひどいなぁ。私、今日でみんなとお別れなんだよ? お化け屋敷に入りたい! 入らないと絶対後悔するもん」
すると清水くんは険しい顔のまま思案に耽った。そして数秒後、深いため息をつくと、苦笑いを浮かべる。
「そこまで言われて断るわけにもいかないですね。わかりました。ではお気をつけて」
綾香先生には愛想をふりまいたくせに、清水くんは後ろに続く私に対して冷たい視線を放ってきた。私はカチンときて、眉をひそめて無言で抗議するが、彼も負けじと睨み返してくる。
いったいなんなんだ!? と憤りつつ、受付で大歓迎される綾香先生の背を追って、私もお化け屋敷の客となった。
暗い通路を進んでいくと、足元からヒューという効果音が聞こえてくる。ここは主に日本のお化け地帯だ。
通路を曲がると、壁際に髪の長い浴衣姿の女子がうつむき気味に突っ立っていて、下からライトを照らしてこちらへ1歩踏み出してくる。
「きゃっ!」
かわいらしい声を上げたのは、もちろん私ではなく、綾香先生だった。
「えっ、もしかして、藤谷さん?」
「えへへ、うらめしや~」
前に長く垂らした髪の間から、藤谷さんのつぶらな瞳が見える。もともとかわいらしい人だから、メイクが映えて風情のある幽霊になっていた。
「がんばって!」
綾香先生は小声でエールを送り、通路を歩き出した。私もその横をゆっくり進む。暗いのでどうしても慎重にならざるをえない。
通路が盛り上がっている部分に気を取られていると、なにかが額をかすめて通り過ぎた。たぶんただの布切れだが、不意打ちを食らうとドキッとしてしまう。
次の曲がり角には大きな水瓶のような張りぼてが置いてあった。なんだろうね、と無言で綾香先生と顔を見合わせる。先生がおそるおそる近づいて、覗き込んだ。
「うわっ……!」
水瓶から飛びのいた先生を追いかけるように、かえるのおもちゃがぴょーんと飛び跳ねた。慌てて先生の背中を押さえる。まさかこれで腰を抜かすことはないと思うが、念のためだ。
「あ、ありがとう。ちょっとびっくりした」
私は綾香先生の青ざめた顔を見て(といっても暗がりだから本当に青ざめているかどうかは定かではない)、申し訳ないような気持ちになって、曖昧な笑みを浮かべた。
まぁ、こんな仕掛けは子どもだましだ。それでもなぜかわくわくする。
私の場合、最初のほうの仕掛けは、作成を手伝ったこともあって、先生ほどの新鮮な驚きはないのだけど、この先はなにが待ち構えているのか、実は私も知らない。ドキドキしながら暗い通路を覗き込むが、なにも仕掛けらしきものは見えなかった。
気を取り直した綾香先生が「よし」と声を出した。
「進もう」
「はい。もうすぐ中間地点です」
私がそう言うと、綾香先生は大きく頷いて、それから私の腕をガシッとつかんだ。
「よし、もう驚かないぞ!」
言葉とは裏腹に、私の後ろに隠れるように身を縮めている。そんな綾香先生をかわいらしく思い、私は先生を守るようにして歩き出した。
途中で私たちを押し潰すように塗り壁が倒れてきたが、ふたりともそれほど驚かなかった。
これは楽勝だな、と思いながら中間地点の狭い通路を通り抜ける。ここは2教室の連結部分で、一応ベニヤ板で囲ってあるが、室内に比べると明るい空間だった。暗がりから急に電灯の光を浴びることになったので、まぶしさで目が眩む。
新しい教室に足を踏み入れた私たちは、角材でできた檻の向こう側に囚人らしき男子の姿を見た。隣で綾香先生がクスッと笑う。お化け屋敷になぜ牢屋があるのかよくわからないけれども、それを眺めながら曲がり角を折れると、まず床が傾斜しているのが目に入った。
「坂になってるね」
綾香先生が囁くように言う。すると牢屋があったほうの壁の向こうで、人が動く気配がした。複数の慌しい足音が聞こえ、綾香先生と私は眉をひそめる。
坂を登りきって台地に到着した瞬間、壁からたくさんのなにかが飛び出してきた。
「ぎゃーっ!」
綾香先生の絶叫が室内にこだまする。
平らなはずの床が、ぐにゃりと沈んだ。そのせいで壁から生えたものから逃れるのが難しい。足元がおぼつかないところに、複数の人間の手が私たちの身体を触るために伸びてきたのだ。
「ちょっ……!」
「やめてーーーっ!」
必死で前に進もうとしたが、壁から生えた手は私の制服をつかみ、力任せに壁側へ引き寄せようとする。それに前方にもたくさんの腕がなにかを求めてうごめいていた。
邪な腕を払いのけつつ、これか、と私は思う。
西さんが忌々しい表情で「あの仕掛け」と言ったのはこれのことで、屋敷内部に男子がたくさん配置されていたのは、この仕掛けのためだったのだ。
思い出してみると、裏方だというのに男子はみんなやたらと張り切っていた。
しかし考え事をしている間も、胸元に手が伸びてくるからむかつく。前を気にしていると、後ろからスカートの中に明確な意志を持った生き物が入り込み、やみくもにうごめいた。
魔の手から逃れるために身体をねじり、じりじりと移動をするものの、埒が明かない。
綾香先生とぶつかった。先生は背を丸め、できるだけ壁から離れようとしている。
しかし壁から生えた腕たちの勢いは一向に衰えないから厄介だ。むしろだんだん加熱しているようにも見える。
「あれ、綾香先生。お化け屋敷に入るつもりですか?」
「なんで意外そうな顔されるのかな?」
綾香先生は不満そうに口を尖らせた。そんな顔をしてもかわいい。
しかし対する清水くんは、私を見てますます目を細めて渋い顔をした。
「もしかして、ふたりで入るつもり?」
「ダメなの?」
「ダメ」
驚くほどきっぱりとした否定だった。清水くんは綾香先生じゃなくて、私を見てそう言った。
「どうして?」
「いろいろと問題がありまして」
「どんな問題?」
「それは……」
言葉が続かない。彼が明確な理由を言えないなんて珍しいことだ。綾香先生と私はひそかに視線を交わす。先生が悲しい表情で言い募った。
「ひどいなぁ。私、今日でみんなとお別れなんだよ? お化け屋敷に入りたい! 入らないと絶対後悔するもん」
すると清水くんは険しい顔のまま思案に耽った。そして数秒後、深いため息をつくと、苦笑いを浮かべる。
「そこまで言われて断るわけにもいかないですね。わかりました。ではお気をつけて」
綾香先生には愛想をふりまいたくせに、清水くんは後ろに続く私に対して冷たい視線を放ってきた。私はカチンときて、眉をひそめて無言で抗議するが、彼も負けじと睨み返してくる。
いったいなんなんだ!? と憤りつつ、受付で大歓迎される綾香先生の背を追って、私もお化け屋敷の客となった。
暗い通路を進んでいくと、足元からヒューという効果音が聞こえてくる。ここは主に日本のお化け地帯だ。
通路を曲がると、壁際に髪の長い浴衣姿の女子がうつむき気味に突っ立っていて、下からライトを照らしてこちらへ1歩踏み出してくる。
「きゃっ!」
かわいらしい声を上げたのは、もちろん私ではなく、綾香先生だった。
「えっ、もしかして、藤谷さん?」
「えへへ、うらめしや~」
前に長く垂らした髪の間から、藤谷さんのつぶらな瞳が見える。もともとかわいらしい人だから、メイクが映えて風情のある幽霊になっていた。
「がんばって!」
綾香先生は小声でエールを送り、通路を歩き出した。私もその横をゆっくり進む。暗いのでどうしても慎重にならざるをえない。
通路が盛り上がっている部分に気を取られていると、なにかが額をかすめて通り過ぎた。たぶんただの布切れだが、不意打ちを食らうとドキッとしてしまう。
次の曲がり角には大きな水瓶のような張りぼてが置いてあった。なんだろうね、と無言で綾香先生と顔を見合わせる。先生がおそるおそる近づいて、覗き込んだ。
「うわっ……!」
水瓶から飛びのいた先生を追いかけるように、かえるのおもちゃがぴょーんと飛び跳ねた。慌てて先生の背中を押さえる。まさかこれで腰を抜かすことはないと思うが、念のためだ。
「あ、ありがとう。ちょっとびっくりした」
私は綾香先生の青ざめた顔を見て(といっても暗がりだから本当に青ざめているかどうかは定かではない)、申し訳ないような気持ちになって、曖昧な笑みを浮かべた。
まぁ、こんな仕掛けは子どもだましだ。それでもなぜかわくわくする。
私の場合、最初のほうの仕掛けは、作成を手伝ったこともあって、先生ほどの新鮮な驚きはないのだけど、この先はなにが待ち構えているのか、実は私も知らない。ドキドキしながら暗い通路を覗き込むが、なにも仕掛けらしきものは見えなかった。
気を取り直した綾香先生が「よし」と声を出した。
「進もう」
「はい。もうすぐ中間地点です」
私がそう言うと、綾香先生は大きく頷いて、それから私の腕をガシッとつかんだ。
「よし、もう驚かないぞ!」
言葉とは裏腹に、私の後ろに隠れるように身を縮めている。そんな綾香先生をかわいらしく思い、私は先生を守るようにして歩き出した。
途中で私たちを押し潰すように塗り壁が倒れてきたが、ふたりともそれほど驚かなかった。
これは楽勝だな、と思いながら中間地点の狭い通路を通り抜ける。ここは2教室の連結部分で、一応ベニヤ板で囲ってあるが、室内に比べると明るい空間だった。暗がりから急に電灯の光を浴びることになったので、まぶしさで目が眩む。
新しい教室に足を踏み入れた私たちは、角材でできた檻の向こう側に囚人らしき男子の姿を見た。隣で綾香先生がクスッと笑う。お化け屋敷になぜ牢屋があるのかよくわからないけれども、それを眺めながら曲がり角を折れると、まず床が傾斜しているのが目に入った。
「坂になってるね」
綾香先生が囁くように言う。すると牢屋があったほうの壁の向こうで、人が動く気配がした。複数の慌しい足音が聞こえ、綾香先生と私は眉をひそめる。
坂を登りきって台地に到着した瞬間、壁からたくさんのなにかが飛び出してきた。
「ぎゃーっ!」
綾香先生の絶叫が室内にこだまする。
平らなはずの床が、ぐにゃりと沈んだ。そのせいで壁から生えたものから逃れるのが難しい。足元がおぼつかないところに、複数の人間の手が私たちの身体を触るために伸びてきたのだ。
「ちょっ……!」
「やめてーーーっ!」
必死で前に進もうとしたが、壁から生えた手は私の制服をつかみ、力任せに壁側へ引き寄せようとする。それに前方にもたくさんの腕がなにかを求めてうごめいていた。
邪な腕を払いのけつつ、これか、と私は思う。
西さんが忌々しい表情で「あの仕掛け」と言ったのはこれのことで、屋敷内部に男子がたくさん配置されていたのは、この仕掛けのためだったのだ。
思い出してみると、裏方だというのに男子はみんなやたらと張り切っていた。
しかし考え事をしている間も、胸元に手が伸びてくるからむかつく。前を気にしていると、後ろからスカートの中に明確な意志を持った生き物が入り込み、やみくもにうごめいた。
魔の手から逃れるために身体をねじり、じりじりと移動をするものの、埒が明かない。
綾香先生とぶつかった。先生は背を丸め、できるだけ壁から離れようとしている。
しかし壁から生えた腕たちの勢いは一向に衰えないから厄介だ。むしろだんだん加熱しているようにも見える。