HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
そしてようやく待ちに待った下校時間がやって来た。
ちなみに舞はその後高梨によって強制的に学校祭準備を手伝う羽目になった。
舞がおろおろしているうちに、ベニヤ板を刷毛でひたすら真っ黒に塗りつぶす仕事が割り当てられた。これはお化け屋敷の外壁にあたる廊下部分に貼り付ける予定で、一部には人魂が浮遊するイラストなんかが描かれている。
人影の少ない駅までの道のりで、舞は真っ黒になった自分の手に驚き、それから恥ずかしそうに隠した。その仕草をかわいいと思いながら俺は自転車を押す。
「それで高梨とは何を話した?」
暗い夜道というのはそれだけでドキドキ感がアップする。やはりこれからは毎日学校祭準備を手伝わせよう。
「え……、何と言えばいいのかわからないのですが」
また舞の言葉が丁寧語になっている。俺は怪訝な面持ちで舞の表情を探った。
舞は俺と目が合うと、見てはいけないものを見たかのように、パッと目を逸らす。些細なことだが、俺は結構傷ついた。
「俺には言えないようなこと?」
「あ、あの……というか、実は私もよくわかっていないのですが」
まどろっこしいな。だが俺は次の言葉をじっと待った。
隣を歩いている舞が、大きく息を吸う。
次の瞬間、舞は縋るように俺を見た。
「アレが来ない、という場合のアレとは、やはりアレのことですよね? それって……」
――は!?
「アレ……が、来ない?」
俺の脳にミサイルが投下された。舞が何を言っているのか一瞬わからなくなり、わかった後も再び脳内で過激な爆発があった。
逆に一度問題のセリフを口にして気が楽になったのか、舞は俺に同情するような目をしている。
――あ!
俺は我に返った。
「それは高梨の話?」
「あの……まだわからない、ということですし、私にだけ話してくれたことのようなので、絶対に口外しないでほしいのですが」
「誰にも言えるわけない」
「あ、あの……」
舞は俺に言ってしまったことを後悔しているのか、しきりに指で唇を擦り始めた。
非難するつもりはないのだが、事の重大さにさすがの俺も動揺していたのだ。
――俺を信用してくれたのは嬉しかったんだけどね。
しかし、なんということだ。
――堀内! お前、何やってんだよ!
心の中でチャラ男を思い切り罵った。
そりゃ高梨が情緒不安定になるのは当然だろ。しかもそんなときに綾香先生にちょっかい出すとか、どうかしてる。
「もし、アレが来なかったら、……どうなるんですか?」
舞が泣きそうな表情で言った。
「まぁ、どうにもならないだろうね。まず産むか、産まないかを決めて、でもいずれにしろ高梨は今までどおり通学するのは無理だろうな」
「そ、そんな! どうしよう……」
その答えを俺に求められても困るのだが、実際世の中にはそういう事例がないわけではない。一般的には妊娠・出産は慶事であるにもかかわらず、この国で高校以下の学生が妊娠するということは禁忌なのだ。
そして産むにしろ産まないにしろ、世間からは白い目で見られてしまう。残念ながら一度貼られたレッテルは簡単に剥がすことができない。それが現実というものだ。
考え込むように舞は唇をギュッと噛み締めて下を向いた。
俺までいたたまれない気持ちになる。堀内と高梨に同情するわけではないが、これって高校生カップルのほとんどがぶち当たる壁の一つじゃないだろうか。
――つーか、これがもし俺たちの問題だったら、どうする!?
考えたくはないが、考えずにはいられなかった。
この先も舞との付き合いが続いていけば、少なくとも俺は、この問題を無視できないだろうと思うのだ。
しかし高校生の俺たちにはとてつもなく重い問題だ。……それまでの行為が簡単にできてしまう割には。
そうだ。急にいいことを思いついた。
「綾香先生に相談してみたら?」
「え!?」
舞は上目遣いで俺を見る。あ、その顔、何か勘繰っているね?
「だって担任には無理でしょ。高梨は誰にも言えなくて悩んでる。でも舞じゃアドバイスは難しい。となれば綾香先生は適任だと思うけど。経験も豊富だろうし」
「け、経験も豊富……」
舞の顔が赤くなるのを苦笑しながら眺めた。
「舞が言えないなら、俺が綾香先生に聞いてみるよ。かなり恥ずかしいけど」
「……いいえ。それくらいのこと、私にだってできます!」
キッと厳しい視線で俺を見据えた舞は、何だか頼もしかった。さっき泣きそうな顔をしていたのは誰だよ。
――でも、それってジェラシー?
俺は急にしっかりとした足取りで歩き始めた舞を愛おしく思った。
諒一と何があったのかは気になるけど、今俺の隣を歩いているということは信じてもいいよね? ……舞が俺を好きだっていう気持ち。
とはいえ、近いうちに絶対聞き出すつもりだ。押してだめなら引いてみる。これが駆け引きの鉄則だろ?
それにしても、キスもまだだというのに、いきなり「アレが来ない」なんて事態を考えなければならなくなるとは、他人事とはいえ大変なことになってしまった、と暗い夜道に甘いムードのかけらもない現状を内心嘆きながら、自転車を押す俺だった。
ちなみに舞はその後高梨によって強制的に学校祭準備を手伝う羽目になった。
舞がおろおろしているうちに、ベニヤ板を刷毛でひたすら真っ黒に塗りつぶす仕事が割り当てられた。これはお化け屋敷の外壁にあたる廊下部分に貼り付ける予定で、一部には人魂が浮遊するイラストなんかが描かれている。
人影の少ない駅までの道のりで、舞は真っ黒になった自分の手に驚き、それから恥ずかしそうに隠した。その仕草をかわいいと思いながら俺は自転車を押す。
「それで高梨とは何を話した?」
暗い夜道というのはそれだけでドキドキ感がアップする。やはりこれからは毎日学校祭準備を手伝わせよう。
「え……、何と言えばいいのかわからないのですが」
また舞の言葉が丁寧語になっている。俺は怪訝な面持ちで舞の表情を探った。
舞は俺と目が合うと、見てはいけないものを見たかのように、パッと目を逸らす。些細なことだが、俺は結構傷ついた。
「俺には言えないようなこと?」
「あ、あの……というか、実は私もよくわかっていないのですが」
まどろっこしいな。だが俺は次の言葉をじっと待った。
隣を歩いている舞が、大きく息を吸う。
次の瞬間、舞は縋るように俺を見た。
「アレが来ない、という場合のアレとは、やはりアレのことですよね? それって……」
――は!?
「アレ……が、来ない?」
俺の脳にミサイルが投下された。舞が何を言っているのか一瞬わからなくなり、わかった後も再び脳内で過激な爆発があった。
逆に一度問題のセリフを口にして気が楽になったのか、舞は俺に同情するような目をしている。
――あ!
俺は我に返った。
「それは高梨の話?」
「あの……まだわからない、ということですし、私にだけ話してくれたことのようなので、絶対に口外しないでほしいのですが」
「誰にも言えるわけない」
「あ、あの……」
舞は俺に言ってしまったことを後悔しているのか、しきりに指で唇を擦り始めた。
非難するつもりはないのだが、事の重大さにさすがの俺も動揺していたのだ。
――俺を信用してくれたのは嬉しかったんだけどね。
しかし、なんということだ。
――堀内! お前、何やってんだよ!
心の中でチャラ男を思い切り罵った。
そりゃ高梨が情緒不安定になるのは当然だろ。しかもそんなときに綾香先生にちょっかい出すとか、どうかしてる。
「もし、アレが来なかったら、……どうなるんですか?」
舞が泣きそうな表情で言った。
「まぁ、どうにもならないだろうね。まず産むか、産まないかを決めて、でもいずれにしろ高梨は今までどおり通学するのは無理だろうな」
「そ、そんな! どうしよう……」
その答えを俺に求められても困るのだが、実際世の中にはそういう事例がないわけではない。一般的には妊娠・出産は慶事であるにもかかわらず、この国で高校以下の学生が妊娠するということは禁忌なのだ。
そして産むにしろ産まないにしろ、世間からは白い目で見られてしまう。残念ながら一度貼られたレッテルは簡単に剥がすことができない。それが現実というものだ。
考え込むように舞は唇をギュッと噛み締めて下を向いた。
俺までいたたまれない気持ちになる。堀内と高梨に同情するわけではないが、これって高校生カップルのほとんどがぶち当たる壁の一つじゃないだろうか。
――つーか、これがもし俺たちの問題だったら、どうする!?
考えたくはないが、考えずにはいられなかった。
この先も舞との付き合いが続いていけば、少なくとも俺は、この問題を無視できないだろうと思うのだ。
しかし高校生の俺たちにはとてつもなく重い問題だ。……それまでの行為が簡単にできてしまう割には。
そうだ。急にいいことを思いついた。
「綾香先生に相談してみたら?」
「え!?」
舞は上目遣いで俺を見る。あ、その顔、何か勘繰っているね?
「だって担任には無理でしょ。高梨は誰にも言えなくて悩んでる。でも舞じゃアドバイスは難しい。となれば綾香先生は適任だと思うけど。経験も豊富だろうし」
「け、経験も豊富……」
舞の顔が赤くなるのを苦笑しながら眺めた。
「舞が言えないなら、俺が綾香先生に聞いてみるよ。かなり恥ずかしいけど」
「……いいえ。それくらいのこと、私にだってできます!」
キッと厳しい視線で俺を見据えた舞は、何だか頼もしかった。さっき泣きそうな顔をしていたのは誰だよ。
――でも、それってジェラシー?
俺は急にしっかりとした足取りで歩き始めた舞を愛おしく思った。
諒一と何があったのかは気になるけど、今俺の隣を歩いているということは信じてもいいよね? ……舞が俺を好きだっていう気持ち。
とはいえ、近いうちに絶対聞き出すつもりだ。押してだめなら引いてみる。これが駆け引きの鉄則だろ?
それにしても、キスもまだだというのに、いきなり「アレが来ない」なんて事態を考えなければならなくなるとは、他人事とはいえ大変なことになってしまった、と暗い夜道に甘いムードのかけらもない現状を内心嘆きながら、自転車を押す俺だった。