欲しいけど言わないで
「はい、お水です!」
「ありがとう、菜子。ほら、水飲め」
『大丈夫ですって』
ヘラッと笑って見せる私。
だって、そうでもしないと、このどろどろした感情が表に出ちゃいそうだから。
「大丈夫じゃないだろう」
「そうですよ、ちょっとでも飲んだ方が…」
「ほら、菜子も心配してるぞ、ほら、飲め…」
『大丈夫だって言ってるでしょ!』
無理に手に持たせようとしてたグラスが落ちて、床が水浸しになる。
いつもだったら酔った人が粗相しても積極的に後始末する方なのに。
菜子、菜子って、私じゃない女の名前ばかり呼ぶ彼に一瞬、耐えられなかった。
「深見…?」
だけど、それは本当に一瞬で、彼の私を呼ぶ声と、凍り付いた場の空気に我に帰る。
『…ごめんなさい。やっぱり飲みすぎたみたい。私、ちょっと洗面所に…』
冷静に言いながら早く、この場から立ち去りたくて、おぼつかない足取りで逃げるかのように座敷の扉を開く。