私とトロンボーン

ようやく楽譜の練習にうつるようになった頃のことだった。

私に後輩が出来たのだ。

「後輩」と言っても、トロンボーンの後輩ではない。
もうひとりの彼だ。
「鉄琴」である。

しかも、同学年、同じクラスの男の子だった。
さらに言うと、彼を引き入れたのは私である。
手口はこうだ。

「人数が足りないから協力してほしい」

どこかで聞いたような詐欺紛いの誘い文句である。

元々その男の子は運動が得意なほうではなかった。
さきにも書いたとおり、人数の少ない我が母校では、部活の種類はたったの三つ。
その男の子も私と同様、血眼になってボールを追いかける彼らが苦手だったらしい。

「だったら金管部にはいる?」

と、結構軽いノリで誘った。
あとは、例の誘い文句だ。

「じゃあ、入ろうかな」

と、結構軽いノリの答えが返ってきた。

今思えば、なんて優しい子だったのだろうと涙がちょちょぎれる。
あんなずぼらな誘い方で、よくもまあ入ってくれたものだ。
今更ながら感謝をのべよう。
鉄琴君、ありがとう!

それはさておき、その男の子も金管部に入ることになった。
そして、担当楽器が鉄琴になったのだ。
金管部にとってなかなか貴重な男子部員だった。
なにしろ、現時点で男子部員は、その鉄琴君だけだったのだから。

この時期の男の子だ。
女の子に囲まれてたった一人というのはなかなか辛かっただろう。
しかし、彼は真面目だった。
サボることなく、毎日部活に来ていた。
わからないことがあると私に聞きにきていたし、上達も早かった。
顧問の先生も彼が気に入ったらしく、自ら、彼の仲間となる男子部員集めに貢献していた。
そのかいあってか、六月頃には、鉄琴君を含め、四人程の男子部員が集まった。
しかし、金管楽器が不足しているのは前年度となんら変わりない。
新たに入った四人の男子部員は、全員打楽器へとまわされたのだった。

さらに言うとこの年の上級生は、在籍率は良いのに不真面目でサボり気味な部員が多かった。
楽器は常に倉庫にある。
しかし、その楽器は他人のものなので持ちだしてはいけない。
しかし、その楽器が持ちだされることは全くない。
なんという悪循環だろう。

来ないのなら、いっそやめてくれたほうが楽器のためであり、彼らのためでもあっただろう。
最終的には来ることになったその上級生達だったが、先生から出た言葉は

「あんまり来ないなら楽器交換するよ。だって鉄琴君達のほうが出席率いいもん」

……だった。

「それはまずい」と思ったのだろうか。
今思えばなんとも失礼な話である。
結局来るようになっても練習しなければ意味がないのに…。

その上級生たちは、案の定秋~冬にかけてほとんどが辞めていった。
鉄琴君達が金管楽器を手にすることができたのは、その年の冬休み明けからだったのだ。

少しの間だけだったが、私にも後輩が出来た。
次からは、その後輩と肩を並べて演奏が出来るようになるのだ。

少し寂しい気持ちはしたが、それ以上の楽しみを見つけることが出来た。

私はまた、音楽が好きになっていった。


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