恋するキミの、愛しい秘めごと
「ただいまぁー……」
電気が点けっぱなしの玄関で、そんな気の抜けた声を発したのは夜の10時を過ぎた頃だった。
靴を揃えてリビングに向かうと、いい香りが漂ってくる。
「お帰り」
ドアを開けると、また今日も前髪をピンで留めたカンちゃんがキッチンに立っていた。
「いい匂い……」
「メシは?」
「食べてないー」
あまりの疲れに、だらしなく返事をしてコートとジャケットを脱ぎ捨てる。
それを見たカンちゃんは「オッサンだな」と聞き捨てならない一言を口にして笑った。
もうオッサンでも何でもいいから、とにかく何かを口に入れたい。
だからカンちゃんの暴言はスルーして、着替えもしないままダイニングテーブルに着いた。
グッタリとテーブルに突っ伏すと、目の前に湯気の立つスープ皿が置かれる。
「ポトフだぁー……」
お互い忙しくて、冷蔵庫の野菜がダメになってしまいそうな時や、時間がない時、私たちはこうやって野菜をゴロゴロ入れたポトフを作る。
元は私が作っていた物なんだけど、何故かえらく気に入ったカンちゃんに頼まれて作り方を教えたのだ。
まぁ、教えると言ってもずぼらな私が作るポトフは、野菜を切って圧力鍋でグツグツやって終わりなのだけれど。
「いいなぁ、家政婦さんがいると」
男のくせに――と言ったら問題があるかもしれないけれど――優しい味付けをするカンちゃんのポトフは、疲れた体にすごく良く染み込む。
スープを口に運ぶ私の前に座ったカンちゃんは「ヒヨが養ってくれるなら家政婦もいいな」と頷いた。
そんなの無理に決まってる。
そもそも、仕事大好き人間のカンちゃんが家政婦として家に籠っているなんて、絶対に無理でしょう。
てゆーか、どうして私がカンちゃんを養わないといけないの。
本当にツッコミどころが満載。
けれど、疲れて脳みそを一切使いたくない今の私にとっては、こんなどうでもいいユルユルな会話がちょうどいい。
「養われたいなら、篠塚さんに養ってもらいなよ」
「えぇ……。あいつのヒモとか、何させられるかを想像しただけでも恐ろしいけど」
――榊原さんと付き合う事になったあの日の夜。
家に帰ってそのことを告げた私に、カンちゃんは「よかったじゃん」と言って笑って……。
「祝いだ」とかよくわからない事を言いながら、冷蔵庫から2本のビールを持ってきて1本を私の前に差し出した。
たぶん、ただ単に自分が飲みたかっただけだと思うけど。
それからは、こんな風に自然に篠塚さんの話も口に出来るようになった。
カンちゃんへの気持ちが100%なくなったのかどうかは、正直なところよくわからない。
榊原さんがいるからというのもあるけれど、好きだという事を思い出すきっかけもないし、それを思い出したいとも思わないから。
だからカンちゃんを嫌いになるはずもない私は、昔と変わらずただのイトコとして、彼の隣で笑っている。