恋するキミの、愛しい秘めごと
中型のホールに集まった会社は、全部で11社。
選ばれるのは、この中からたったの1社だ。
「はぁー……」
どうしよう、どうしよう。
会社でも何度かプレゼンはしているけれど、やっぱり雰囲気が違う。
ここまで来たら、もう頑張るしかないのは解っているんだけど……。
こっそりと誰にも分からないように息を吐き出して、自分の手をギュッと握りしめる。
するとそこに、横からメモ用紙がポイッと投げ込まれた。
『顔怖いんですけど』
「……」
隣を見ると、まるで何事もなかったかのように資料に目を落とすカンちゃんが。
まぁね。
分かるけどね。
自分でも、今の自分の顔が怖いであろうことは何となく分かってはいるんだけどね。
『そんなくだらない事を言う暇があるなら、緊張を解く方法でも教えて下さいませんか?』
同じ紙にそう書いて、カンちゃんの目の前に置く。
数秒後、私の手元に再び放り投げられた紙切れには、
『取りあえず、“人”って3回手に書いて食っとけ』
もう使い古された先人の迷信的なアドバイスが書かれていた。
ダメだこの人。
そんな事で緊張がほぐれるなら、世の中の人はみんな緊張知らずじゃん。
もういいやと諦めて前を向くと、丁度クライアントの進行役が壇上に登ったところだった。
その挨拶が始まると、それまでの空気が更にピリリとしたものに変わる。
だけど隣のカンちゃんだけは、そんな空気をものともせずに、また手元の紙に何かを書いて私の前に差し出した。
どうせ“全員ジャガイモだと思え”とか書いてるんでしょ?
いぶかしげにそれに視線を落とすと、案の定『ここをジャガイモ畑だと思えば、案外いける気がする』と。
もういいです。
溜息を吐いて、紙を丸めてやろうと手に持ったその時。
縁に小さく書かれた言葉に、思わず笑って力が抜けてしまった。
『緊張してどうしょうもなくなったら、変顔してやるから壇上からこっち見な』
カンちゃんの変顔か。
悪くないかもしれない。
『わかりました。じゃーそうします』
それと……。
『ありがとう。カンちゃん』
中学生が授業中に先生の目を盗んで回す手紙みたいに、再びカンちゃんの手元にそれを置くと、フッという小さな笑い声が聞こえた。
そうだよ。
百戦錬磨のカンちゃんに、普段から鍛えられているんだから。
この会場にいる人は、どうしてもジャガイモには思えそうにないけれど、きっと大丈夫。
さっきまでの緊張が嘘みたいに心が軽くなった私は、真っ直ぐに前を見据えて微笑んだ。