恋するキミの、愛しい秘めごと

「それでは、質疑応答に移らせて頂きます」

静まり返ったホール内に、進行役の声が響く。


何本かの手が挙がり、投げ掛けられた基本的な質問に答えていく。

大体どんな事を聞かれるのかのシミュレーションはしてあるのだけれど、この瞬間はやっぱり緊張してしまう。

残り時間あと5分というところで、挙手が止まり進行役が再びマイクを取った。


――これで終わる。


小声で話しながら満足気に頷き合うクライアントの反応を見ると、評価は上々。

もう質問はない物と見なされ、進行役が口を開きかけた時だった。


ホールの中腹の席で手を上げた人物に、胸がドクンと音を立てた。


――榊原さん。


「……え、と」

マイクが拾った、進行役の戸惑いを含んだ小さな声。

それはそうだ。

いくら競合プレゼンとはいえ、クライアントではない――いわばライバル社が質問をするなんて。


「……どうぞ」

そうそう見かけない光景。

それに戸惑っている進行役の代わりに声をかけ、彼の茶色い瞳を真っ直ぐに見据えた。


視界の端には、鋭い視線を榊原さんに向けるカンちゃんも映る。

けれど当の榊原さんは、悪びれもしない笑顔を浮かべて……。


「ハナビシさんらしい斬新な企画で、大変楽しくお話を伺わせて頂きました」

「……ありがとうございます」

相変わらず柔らかい口調で話す彼の表情からは、なかなか感情が読み取れない。


一体何を……?


そんな私の戸惑いを感じ取ったのか、彼は少しわざとらしいとさえ思える、残念そうな表情を浮かべた。


「ところで、ハナビシさんの案ですと、かなり大きく厚い水槽が必要になりますよね? 建物自体の高さも予定より高くしないといけないのでは?」

「……」

「面白そうだとは思いますが、実際のところ提示された予算では厳しいのではないでしょうか?」


建築費用や設備費用を、具体的な数値で示して欲しい。

それを実現させるに当たり、専門スタッフが必要なのではないか――と、クライアント側が一番気にするであろう点を、上手い具合に突いてくる。


でもね。

私だけならまだしも、カンちゃんがそんなところを見落とすはずがないでしょう?


「ご指摘頂きました通り、確かに御社のプランよりも水槽のコストはかかるかもしれません」

「……」

目を逸らす事なく微笑んだ私に、榊原さんの表情が僅かに険しくなる。


「しかし、ご存知でしょうか? コンブというのは、光合成で何メートルもの大きさに育ちます」

つまり単純な話、外から太陽光を入れればライトもエサも要らず、経費をかなり浮かせる事が出来るといという事。


「建物に関しては、それを囲む外壁ごと高さのあるアクリルパネル水槽にしてしまおうかと考えております」

「それでは、やはりコストが嵩むのでは?」

「そこは、先程のプレゼンテーションでお話しました通り、水産研究所と提携する事で解決します」


海藻が生えている“藻場”と呼ばれる場所は、環境や生態系を守る上で重要な役割をになっている。

藻場を増やす為に、様々な研究機関で研究が行われていて、このカフェを研究施設を併せ持つ場所に出来ないかと考えたのだ。


「東南海洋大学の研究室にお話をしてみたところ、大変興味を持たれていまして」

「……」

「共同出資は勿論のこと、国へ助成金の申請を行いながら、資金面での協力もしたいと仰って下さっています」


返答を終えると、ホールの中は異様なほどに静まり返っていた。

クライアント側も勿論、他社の社員までも固唾を飲むように私と榊原さんの話を聞いている。


「不明な点はありますでしょうか?」

私の最後の一言に、榊原さんは小さく首を振った。

「いいえ。ありがとうございました」

それを聞いて、ハッとしたように進行役が私に着席を促した時、予定していた時間を10分近くもオーバーしていた。


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