恋するキミの、愛しい秘めごと
ホールに電気が点されると、立ち上がった人達が一仕事終えてスッキリしたような表情で部屋を出て行く。
私は椅子から立ち上がれないまま、その様子をただぼんやりと眺めていた。
プレゼンが終わってホッとした。
だけど……。
ゆっくりと会場を見回すと、もうそこに榊原さんの姿は見当たらない。
「……」
たとえ見付けていたとしても、今はまだ話せないから丁度いいか……。
ふーっと息吐き出しながら、そんなことを思った。
本当は聞きたいことも、聞かないといけないことも沢山あって。
だけど今は、少しだけ休みたい。
さっきまでは緊張していたせいか感じなかった頭痛が、私の思考力をますます鈍らせている。
こんな時に話をしたって、まともに話せるはずがない。
あぁ、とにかく会社に戻らないと。
こんな事があっても仕事に戻らないといけないのが、社会人の辛いところだ。
高校生とか大学生の頃だったら、この後の授業は絶対にサボってただろうな……。
くだらない事を考えながら、机の上の資料やパソコンをしまい始めたその時、隣に座っていたカンちゃんがゆっくりと立ち上がった。
「高幡《たかはた》さんに挨拶しに行くけど、ヒヨも行く?」
「……うん。お礼も言いたいし」
「じゃー、ちょっと電話してみる」
カンちゃんの師匠だという高幡さんは、やっぱり私の予想通り、あのサンタさんみたいな白髪で白ヒゲの男の人だった。
カンちゃんの母校を数年前に辞め、少し前まで他の博物館で働いていたらしい彼は、ヘッドハンティングされてこの博物館に来たらしく。
一度提出したデータを入れ替えられるだけの立場にある人なのだろう。
「ゼミの時も、その後も……。すげーお世話になったんだ」
高幡さんに連絡を取り、呼び出された場所に向かう途中、そう話すカンちゃんの声は笑っているのに何故か少しだけ悲しそうに思えた。
「カンちゃん?」
「何?」
けれど振り返った彼の顔は、いつもと同じで……。
気のせいかもしれないけれど、やっぱり気になってしまうから。
「やっぱりあの向井君のモノマネ、クオリティーが低すぎると思う」
「は? あんなもんだろ“向井君”は」
きっと、今日のお返しとしては全然足りないけれど。
「つーかさ、やっぱり元が良すぎる俺の変顔って限界があるよね」
「うん本当にそうだよね」
「うわぁ……。棒読みー」
もしも元気がないのなら――……。
今度は私が、カンちゃんを笑わせたいと思ったんだ。