恋するキミの、愛しい秘めごと
「……ここ?」
「そう。あの人、変わり者だから」
プレゼン会場を出て、電車に乗って2駅。
「すぐにプレゼンの審査するんだと思ってた」
予想に反して、呼び出されたのは古い不思議な形をした石造りの建物だった。
「まぁ、あんだけぶっ続けで色んなの聞いてると疲れんだろ」
「そうかもしれないけど……」
もう家に帰っているという高幡さんの言葉に、期限ギリギリまで企画を考えた側としてはちょっと拍子抜けしてしまう。
「宮野でーす。失礼しまーす」
だけどカンちゃんは「ご老体にはキツイんだよ」と笑いながら、大きな扉に手をかけた。
錆びついて、キーっという金属独特の音を立てながら開いたドア。
その中に向かって、大声で声をかけた。
「おー、2階だ」
間髪入れずに返ってきた返事はのんびりとしていて、さっき私に鋭い視線を向けてた彼のものとは思えない。
「2階だって」
いや、うん。
聞こえてたけど。
戸惑う私を余所に、慣れた様子で建物の中を進んで行くカンちゃんの背中を慌てて追いかける。
足を踏み出すたびに、カツンカツンとヒールの音が響くそこは、不思議な空間だった。
建物内は外よりもひんやりと涼しくて、珍しい洋館のような作りに、私は子供のようにキョロキョロと辺りを見回す。
高幡さんは、一体何の研究をしていた先生だったのだろう。
彼のゼミに入っていたというカンちゃんは、確か理工学部だったはずだけど……。
重厚な木で出来た階段を上り、2階に進む。
そこには長い廊下があって、その両側の壁には本がビッシリと並んでいた。
『生物進化論』に始まり、『アナログスピーカーの全て』。
『ガーデニング~初級編~』
『今日のおかず』
『宇宙史』
『地球史』
『三国志』
「……」
そこに彼の素性に近づくヒントがあると思ったのに、むしろ混乱しただけっていう……。
思わず顔を顰めると、「ガーデニングは中級になったらしいぞ」と、前を歩くカンちゃんが教えてくれたけど。
それもいらない情報だよね。
結局、一番奥の部屋にたどり着くまでに本棚とカンちゃんから得た高幡さんの情報は……
“理系の先生だったみたいだ”という事と、“ガーデニングはあまり得意じゃないっぽい”という事だけだった。