恋するキミの、愛しい秘めごと
「さぁ、コーヒーが冷める前に飲んでしまおう」
高幡さんはそう言いながら、鼻を啜る私にボックスティッシュを手渡して窓辺のソファーに座り込んだ。
「ヒヨ」
「……うん」
鼻をグズグズと言わせながらも、カンちゃんに背中を押されソファーに座る。
だけど……あれ?
「み、宮野さん?」
「何だよ」
いくら恩師とは言え、私たちの関係を知らないクライアントの前で“ヒヨ”というのはどうかと……。
パチパチとムダに瞬きをして、合図を送ってみる私に、一瞬眉根を寄せて。
「あぁ」と、合点がいった様子のカンちゃんは、
「大学の頃、時々ヒヨの話してたから知ってる」
コーヒーカップに口を付けながら、平然とそう言い放った。
「プレゼンターがヒヨだとは言わなかったけど、すぐに気付かれた」
クスクス笑うカンちゃんは、スッと眼鏡を外してそれを胸ポケットに放り込む。
「……」
そっか。
カンちゃんは、この先生を本当に慕っていて、高幡さんもカンちゃんとの関係をすごく大切にしているんだろう。
談話を始めた二人の表情を見つめながら、何となくそう思った。
「ジャンヌ君」
「あ、はい」
外観はどこか暗い雰囲気のある建物は、中に入ってみるとそうでもなくて、むしろ明るいくらい。
窓の外の揺れる庭木に瞳を奪われていた私は、突然かけられた声にハッとした。
てゆーか、また“ジャンヌ君”って。
思わず頭の中で突っ込んでしまった私を尻目に、高幡さんは先ほどまでの柔らかい表情を少し引きしめ口を開いた。
「それで君は、どうするつもりなんだい?」
「え?」
“どうする”――?
「長谷川企画には抗議しないのかい?」
「……」
この人の瞳は不思議だ。
「するつもりは、ありません」
「……それはどうして?」
そんなはずはないのだけれど、話さなくてもまるで答えを知っているみたいに、ただ静かに私を見据える。
「確かにあれは、必死に考えた企画です。でも……私にも落ち度はありましたし、抗議した所であれは私の元には戻りません」
「……うん」
「それなら、もっといい物を生み出す事に力を使いたいんです」
相手が榊原さんだったからではなく、それが誰だったとしても、私は同じ結論を出しただろう。
「これ以上嫌な思いをしたくなくて、逃げているだけなのかもしれないですけど」
自嘲する私を、高幡さんは暫くの間ジッと見つめると、溜息を吐き出して……。
「そうか」
どこか悲しそうな笑みを浮かべた。