恋するキミの、愛しい秘めごと


夕方の7時近くになると、もうかなりの同僚たちが仕事を終えて帰宅の準備を始めていた。

私もパソコンを閉じて、同じように帰り支度を始める。


カンちゃんはどうするんだろう……。


チラッと彼の席に目を向けると、そこは空席でカンちゃんの姿が見当たらない。


でもまぁ、別にいたからと言って一緒に帰るわけでもないし、帰りの時間を訊ねるわけでもないんだけどね。


玄関に傘を置きっぱなしにしていた事を考えると、きっとカンちゃんも早く帰ってくるつもりだろうと、勝手にそう思ってオフィスを出た。


そのまま丁度到着したエレベーターに乗り込んで、下階に降りる。


いつもはしばらく待たないといけないのに、今日はラッキーかも。


だけど、そんな思いとは裏腹に――……。


「日和」


会社を出て、家に向かう――駅とは逆方向にある自動販売機の横。

角を曲がる手前のガードレールに寄りかかっていたその人の声に、私はハッとして立ち止まった。


「どう……して」

「ちゃんと話がしたくて、待ってたんだ」


ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる彼に、まさか会社まで来るとは思っていなかった私は、戸惑いながら立ちすくむ。


「少しでいいんだ。時間をくれないかな」

駅とは逆方向の、比較的人通りが少ない道ではあるけれど、さっきから通り過ぎる社員たちがチラチラと私と彼を眺めている。


「帰って下さい、榊原さん」


今更、話すことなんてない。

だって私はこの人に騙されて、裏切られたんだ。


――でも。


「日和」

「……っ」

まるで哀願するように私の名前を呼び、悲しげに表情を歪める彼をずるいと思った。


「ちゃんと理由を話したいんだ」


――“理由”。

彼のあの行動に、何らかの理由があって、


「少しだけでいいから、時間をちょうだい」


それがもし、納得できるものだったとしたら。


「……わかりました」

「……」

「その代り、絶対に嘘は吐かないでください」


彼の事を許して、また傍にいたいと――そう思えるようになるのだろうか。

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