恋するキミの、愛しい秘めごと
「……帰ります」
さっきから、窓やアスファルトに打ち付ける激しい雨音が聞こえている。
きっと外は大荒れで、この近くにはタクシーを待つ間、時間を潰せる場所もない。
「日和」
「……」
でも、ここにいるよりずっとマシだ。
このままここにいたら、せっかく綺麗なあの球体さえ嫌いになってしまいそう。
「……わかった。送っていくよ」
「いえ、ひとりで帰れますから」
私の頑なな態度に、榊原さんは小さな溜息を吐いて。
腕の力がスッと緩めれ、その手が私から離れかけた時だった――。
静かな部屋に鳴り響いた電子音に、彼の手がピタリと止まった。
「……」
私のポケットから聞こえているそれは、携帯の着信音。
だけどきっと、そのディスプレイに表示されている名前は……。
「出ないの?」
少しだけ低い彼の声に、体がビクッと震える。
「あぁ、そっか。動けないもんね」
再び抱き寄せられた私の耳元で、榊原さんはクスッと笑って、
「じゃー、俺が出てあげようかな」
ゆっくりと手を体に這わせて、そのままポケットの中の携帯を取り出し、かざすように目の前に持ち上げた。
「“カンちゃん”って、誰?」
「……」
「もしかして、“お兄ちゃん”?」
「――え?」
その言葉に一瞬呆気に取られて、すぐにしまったと思った。
初めて二人で飲みに行った日、“宮野さん”からの電話で落ち込んで……。
そのあとすぐに、榊原さんにした“お兄ちゃん”の話。
だから私は、榊原さんの中で“お兄ちゃん”と“宮野さん”がイコールになっているものだと勝手に思い込んでいた。
だけど……。
「へぇ、カンちゃんっていうんだ。未だに連絡取りあってたんだね」
そうじゃなかった。
榊原さんは、気づいていなかったんだ。
それなら普通に、電話に出てしまえばよかったのに……。
だけど、そんな事を思ったところで後の祭りだ。
私の目の前で、それをプラプラと揺らした後、榊原さんは小さな声で「ちょっと面白くないかも」と呟いて。
「いい加減、妹離れしてもらおうよ」
必死に伸ばした私の手をスッと避け、通話ボタンを静かに押した――……。