恋するキミの、愛しい秘めごと
それからしばらくの間、榊原さんは私を抱きしめたまま、背中を優しく擦り続けていた。
その間私は、本当の彼の姿は一体どれなのだろう――と、涙で湿るシャツに顔をうずめながらずっと考えていた。
「帰ります」
やっと涙が止まった頃、すっかり力の緩んだ彼の腕を抜け出し服を整える。
震える指で肌蹴たシャツのボタンを留めて、自分の荷物をかき集め胸に抱えて立ち上がった。
「日和、危ないし……送らせて」
そんな悲しそうな声を出されても、何も言えない。
言ったらきっと、また涙が止まらなくなってしまう。
彼の言葉に無言で首を振りながら、最後にテーブルの上の携帯を手に取った。
「……」
電話の画面は、いつの間にか電源が切れて真っ暗になっている。
――カンちゃん。
心配してるよね?
それとも、こんな所にのこのことやって来た私に呆れて、怒ってる?
それに、あんな声まで聞かれて……。
「……っ」
思い出しただけでも、胸がギリギリ痛む。
だけど、どうしてかな。
怒られても怒鳴られてもいいから、何故か無性にカンちゃんに逢いたくなった。
逢いたくて、逢いたくて、また涙が溢れそうになる。
それを抑え込むように唇を咬んで、喉の奥にグッと力を込めた。
「頼むから、せめてタクシーくらいは呼ばせて」
後ろから腕を掴む榊原さんの手は、さっき私を押さえつけていたものとはまるで別物のようだ。
振り向くとそこには私を私を真っ直ぐに見つめる榊原さんがいて……。
それにもう一度頭を振って、手を解いて部屋を出た。
玄関に着くまでの間に、後ろから追いかけて来た榊原さんにもう一度「送らせて欲しい」と頼まれた。
それに頑なに首を振る私に、最後には彼も諦めたように溜息を吐いて。
靴を履く私に言ったんだ。
「日和、考えておいて」
「……」
「俺は本当に日和の事が好きだし、うちの会社も、日和みたいな人材が欲しいんだ」
もういい加減にして欲しかった。
確かに“理由”を聞きに来たのは私だ。
――でも。
こんなにも私の気持ちを蔑《ないがし》ろにする彼の言葉を、これ以上聞くことは出来そうにない。
「これ、返します」
予めキーケースから外しておいた合鍵を、静かに差し出す。
一瞬それに落とした視線を、榊原さんはすぐに私に向けて……。
「もう一回だけよく考えて」
「……」
「仕事の事も、俺の事も」
少しだけ悲しそうに笑って、それをもう一度私の手に握らせた。