恋するキミの、愛しい秘めごと
それ以上何も告げずに家を出ると、ただひたすらに前を向いて歩き続けた。
風はだいぶおさまってきたものの、雨足は強いまま。
大通りに出たところで、こんなにもずぶ濡れじゃタクシーだって乗れないし、電車だって無理だろう。
いっその事、どこかのホテルに泊まってしまおうか。
そもそも、今は何時なんだろう。
頭の中では色々な事を考えているはずなのに、体がそれに上手く反応しなくて、腕時計を見ることもせず、ただひたすらに歩き続けた。
歩いて歩いて、とにかく歩いて。
それでもまだ、灯りは見えなくて……。
何だかもう、何もかもが嫌になって、立ち止まって空を見上げた。
真っ黒な空からは、大粒の雨が絶え間なく降り注いでいて、私の肌を濡らして滑り落ちていく。
「はぁー……」
ゆっくり息を吐き出すと、少しだけ頭がクリアになって、今更自分の足がズキズキと痛んでいることに気が付いた。
靴を脱ぐと、ストッキングに血が滲んでいる。
「外回りでいつも歩き回ってるはずなんだけどなぁ……」
笑いながらひとり呟いて、もう一度空を見上げた。
瞬間、目の前の雨粒が光を浴びてキラキラと輝き出して――……。
「――日和!!」
車のドアを閉める音と共に聞こえたその声に、温かい涙がボロボロと溢れ出し、雨に混じって頬を伝った。
どうしてかなー……。
こんなんじゃ、ホントにヒーローみたいじゃん。
「バカかお前は!! こんなとこで何してんだよ!!」
“こんなとこで何してんだよ”って、それは私のセリフだよ。
「カンちゃんこそ、どうしてここにいるの?」
「もういいからさっさと車乗れ!!」
「でも、車……濡れちゃう」
腕を掴まれ、私を助手席に押し込めようとする彼に戸惑いながら、立ち止まったままの足に力を入れる。
薫伯父さんからマンションと一緒に丸投げされたこのミニという車は、小さい癖にハイオク車で、外車なものだから修理費も高い。
それでも、カンちゃんも私もその丸っこい、愛嬌たっぷりの車体が大好きで……。
「売ってもいい」という伯父さんの言葉に、二人揃って首を横に振って譲り受けたのだ。
「シート濡れたらイヤだし」
「……だったら早く乗れって」
「――でも」
「ヒヨがグズグズすればする程、俺も濡れるんですけど」
溜息交じりにそんな当たり前の事を言われて、ハッとするなんて……。
「ごめん」
「いいから早よ乗れ」
ここ最近の出来事を「何だ。意外と平気じゃん」と自分に言い聞かせながら過ごしていた私も、やっぱりそれなりにダメージはくらっていたみたいだ。