恋するキミの、愛しい秘めごと
「取りあえず先行って、シャワー浴びとけ」
マンションのエントランスに車を横づけしたカンちゃんは、ずぶ濡れの私を車から放り出し、駐車場に行ってしまった。
身震いと同時に、そのテールランプをボーッと眺めていた自分にハッとして、言われた通り部屋に戻るなりバスルームに籠った。
モクモクと湯気が立ち込める浴室で、熱いシャワーを頭からかぶる。
手の平で体に触れると、そこが冷んやりとしていて、自分の体が物凄く冷えていた事に今更気がついた。
「――くしゅんっ!!」
しかも、芯まで冷えた体はなかなか温まらなくて、さっきから震えが止まらない。
でも、あまり長居するとカンちゃんに心配をかけちゃうかもしれないし……。
とにかく一旦外に出ようと、後で湯船に浸かる為にお風呂の掃除を終わらせ、バスルームのドアを開けた。
外の気温も低かったのか、洗面所の鏡が一気に曇る。
真っ白なそれは、何だか今の自分のモヤモヤとした心の中みたい。
なんて、くだらない事を考えている場合じゃないか。
小さく頭を振り、取りあえず体にタオルを巻いた私は、鏡の曇りを取ろうと手を伸ばして、
「……っ」
曇りの取れたその場所に映り込む、自分の姿に息を呑んだ。
――嫌だ。
震える指でそっと触れた肌に散る、たくさんの紅いキスマーク。
首筋から鎖骨、デコルテのラインに散りばめられたしるしは、タオルで隠れた胸元にも広がっているはず……。
カタカタと震える手でそこに触れ、ゴシゴシと擦っても消える事のない紅い痕は、榊原さんの強い力を思い出させてゾッとした。
コンシーラーを取り出そうと棚の中のメイクポーチを漁ると、ファンデーションやチークやグロスが床にバラバラと音を立てて零れ落ちる。
「も……ヤダっ」
こんな物で、これを完璧に隠せるはずもない。
何も言わないけれど、きっともうカンちゃんには見られてしまっているだろう。
さっきの電話を、カンちゃんがどこまで聞いていたのかは分からないけれど……。
少なくとも――事情までは分からないにせよ、私が榊原さんと一緒にいたという事には確実に気が付いているはず。
その状態で、これを見て……カンちゃんは、どう思っただろう。
「……」
ゆっくりと吐き出した息は震えていて、力を抜くと止まった涙がまた溢れてしまいそう。
それをグッと抑え込んだその時――……。
トントン、と洗面所のドアを叩く音が聞こえた。