恋するキミの、愛しい秘めごと
「ヒヨ?」
「……」
「大丈夫か?」
――カンちゃん。
「おい、ヒヨ」
「……カンちゃん」
「どうした?」
私の声に、カンちゃんの声が少し低くなる。
カンちゃん、本当にごめんね。
だけど私――
「苦しい」
「……」
こんな事を言われたら、優しいカンちゃんが私を放っておけるはずがないって解っているのに。
「カンちゃん、助けて……っ」
自分が蒔いた種なのに、それなのに。
この時の私は、グチャグチャと、まるで心臓を握り潰されているような自分の中の痛みを何とかしたくて……。
「――日和、開けるぞ」
静かに開いたドアの向こうに立っていたカンちゃんは、真っ直ぐに私の瞳を見つめた後、その視線をゆっくりと濡れた肌に落とした。
「ひとつ聞いていいか?」
それに私は、まるで声を失ったかのように何も言わず小さく頷く。
「“それ”は、榊原さんが勝手にやった事? それとも――」
“それとも、日和も望んだ事?”
きっとそう続くであろう言葉に、私は涙をボロボロと零しながら首を振った。
そんなはずない。
そんな事を望むはずがない。
だけど榊原さんの力はやっぱり強くて、逃げる事なんて出来なくて……。
ブンブンと首を振る私の視界に、ゆっくりと伸びるカンちゃんの大きくて骨ばった手が映り込み、
「だったら全部消してやるよ」
抱きすくめられ、耳元で囁かれた言葉に、心臓がドクンと大きく脈打った。
「カン……ちゃん?」
私を抱きしめる腕と、ゆっくりと下におりていく唇から吐き出される吐息に鳥肌が立つ。
「俺じゃー、嫌?」
その言葉に反応するよりも早く、首筋に走ったチクンという痛み。
「俺は日和の兄貴なんかじゃない」
「……」
「こんなの見せられて平静でいられるほど、俺は大人じゃないよ?」
肌に這わせていた唇をそっと離し、私の瞳を真っ直ぐに見つめたカンちゃんは、しばらく私の答えを待つように沈黙した後、聞いたんだ。
「このままここを出て、自分の部屋に戻って着替えて寝るのと――」
「……」
「俺の部屋で、頭空っぽにして俺に抱かれるの……どっちがいい?」
あまりにもストレートなその表現に、思わず視線を逸らしそうになる。
だけどカンちゃんはそんな私に、少しだけ表情を緩めて――……
「今夜だけ、日和が楽になる方を選べばいいよ」
私の胸を酷くしめつける、そんな言葉を口にした。
――“今夜だけ”。
そんなの当たり前だ。
だって、私はまだ榊原さんときちんと別れたわけじゃない。
それに何より……
カンちゃんには、篠塚さんがいる。
それは解っているんだけど。
「カンちゃん」
「ん?」
「カンちゃんの、部屋に行きたい」
「……わかった」
それでも今夜だけは、カンちゃんに抱かれて眠りたいと――そう思った。