恋するキミの、愛しい秘めごと
「行こう」
私のおでこにキスを落としたカンちゃんは、腕の中から私を開放するとそのまま自分の部屋に向かって歩き出した。
洗面所を出て、廊下を少し歩き、ゆっくりと扉を開ける。
「榊原さんの家知らなくて……。色んな人に電話かけまくっちゃったじゃねーかよ」
そう言って笑うカンちゃんは、床に散らばる社員名簿をバサバサと束ね、それを部屋の隅に放り投げた。
私はというと、扉の前で立ち止まったまま。
「どうした?」
「……いいの?」
言葉に出した時点で、もう後戻りは出来ない。
それなのに、今更自分のしている事に後ろめたさを感じるなんて。
だけどどこまでも優しいカンちゃんには、私の気持ちなんてお見通しだ。
「ヒヨ」
「……うん」
「俺がそうしたいんだよ」
こんな嘘を吐かせてまで、私は――。
そう思ったのに……。
「このキスマーク見た時も、あの電話の声を聞いた時も、俺がどんな気持ちだったかわかる?」
ゆっくりと押し倒されたフカフカのベッドからは、あの夜と同じ、カンちゃんの香りがする。
上から覆いかぶさるようにして私を見下ろすカンちゃんの瞳は切な気に揺れていて……。
「ごめんね」
「いや、日和のせいじゃないし」
カンちゃんの香りが強すぎるから。
だからダメなんだ。
だから、こんな風に――変な錯覚を起こしてしまいそうになる。
そのあり得ない錯覚を打ち消すように、カンちゃんの首に腕を回して自分からその体を抱き寄せた。
「ヒヨ」
「……んっ」
「日和」
啄むように唇を奪われ、合間に紡がれる自分の名前に、胸がキュンとなる。
まるでそれを楽しむみたいに、何度も何度もくり返される、焦れったささえ覚えるようなキス。
だけど、頬にかかるカンちゃんの、雨に濡れた髪が冷たくて。
「カンちゃん、体が冷たいよ。シャワー――」
「いいよ。日和に温めてもらうから、このままでいい」
私の言葉を遮ったカンちゃんに、一層強く抱きすくめられた。
「唇、柔らかいな」
フッと離れた唇に、閉じていた瞼をゆっくり開くと、やっぱり勘違いしてしまいそうになるほど柔らかく笑うカンちゃんがいる。
「カンちゃん、電気……」
天井から吊るされている、一番大きなペンダントライトは消されているものの、ベッドのすぐ横にあるサイドランプは点けられたままで……。
体に巻きついていたタオルにカンちゃんが手を伸ばした時、ライトの灯りに浮かび上がる二人の影に、急に恥ずかしさが込み上げた。
昔からずっと一緒にいたカンちゃん。
その彼に、こんな姿を見せているなんて……。