恋するキミの、愛しい秘めごと
「――ってる」
「……」
「うん。…から、……だよ」
ゴソゴソという衣擦れの音とと共に、小さく漏れ聞こえる声。
カラカラとサッシの滑る音がして、脳が覚醒しきっていない状態のまま、ゆっくりと瞳を開いた。
隣にいると思っていた人はいなくて、布団には彼の温もりだけが残されている。
知らぬ間に眠りに落ちていたのか、それとも気を失ったのか。
どちらかは分からないけれど、カンちゃんの香りがする温かいベッドの中にいるという事は、さっきまでの情事はどうやら夢ではないらしい。
「カンちゃん……?」
まだ頭がボーッとしている状態のまま小さく呼びかけてみるが、返事はない。
カーテンの隙間から伸びるのは……月明かり?
嵐は過ぎたのだろうか。
湿り気のある冷たい空気が、わずかに開いた窓から流れ込んでくる。
それに小さく身震いをして、肩まで布団をかぶった。
「あぁ、わかってるよ」
横を向く私の瞳には、ベランダの手すりに寄りかかりながら電話をするカンちゃんの姿が映る。
「いや、大丈夫」
この口調はきっと――。
「本当にごめん。今夜は……会えない」
「……」
「あぁ、冴子にうつすわけにいかないから。うん、じゃーお休み」
電話をする声が途切れ、代わりに微かに漂い始めたタバコの香り。
「はぁー……」
カンちゃんのあんな背中、初めて見た。
それに、あんなに大きな溜息も……初めて聞いたよ。
「……」
ごめんね、カンちゃん。
ベランダの手すりに寄りかかりながら、火をつけたばかりのタバコの煙を燻らせるカンちゃんは、大きな溜息を空に向かって吐き出して。
頭をガシガシと掻きむしると、そのまま手すりに頭を擡《もた》げた。
「……」
私がさせた事が、今きっとカンちゃんを苦しめている。
“今夜は会えない”
カンちゃんはその言葉を、どんな気持ちで篠塚さんに伝えたのだろうか。
「……っ」
カンちゃんに抱かれるという事は、そういう事だ。
色んな痛みを伴う事だって――初めから解っていたはずなのに。
けれどそれは、自分が思っていたよりももっと重たくて、もっともっと罪悪感を抱かせるものだった。
「ごめんね、カンちゃん」
空を見上げるその背中に、届きもしない言葉をかけて、零れそうになる涙を誤魔化すように寝返りをうって瞳を閉じた。
その数分後。
衣擦れの音と共に冷たい空気が布団に潜り込んできて、カンちゃんの冷えた腕が、寝たフリをする私の体を後ろからすっぽりと包み込んだ。
「…… ヒヨ」
あぁ、どうしよう。
やっぱり苦しい……。
「日和」
抱きしめる腕に力を込めたカンちゃんは、胸が苦しくなるほど愛おしそうに私の名前を呼ぶ。
そして、こめかみの辺りに優しいキスを落とした。
私はただ、自分の吐き出す息が震えてしまわないように。
胸の痛みに、涙が零れてしまわないように――。
「おやすみ」
首筋に顔を埋めたカンちゃんの、優しい声を聞きながらそっと瞳を閉じた。