恋するキミの、愛しい秘めごと


「ねぇ、日和。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「んー? 何?」

「ここじゃ、ちょっと……」

その日、小夜は他部署との打ち合わせに出かけていて、オフィスに戻って来るや否や、私の腕を引いて非常通路に向かった。


「あのさ、日和……長谷川企画の“榊原さん”って人と付き合ってるって本当?」

「――え?」

思いがけない彼女からの問いかけに、私は思わず眉根を寄せた。


久々に聞く榊原さんの名前に、多少の動揺はあったけれど……。

それよりも、どうしてそんな事を小夜が聞いてくるのか――その事のほうが気になった。


「どうして?」

「いや、今日たまたま昔の上司に会ったんだけど、日和と榊原さんが一緒にいるところを見たとか言うから……」

榊原さんは、昔この会社にいたんだから、彼を知っている人がいるのは全く不思議ではない。

だけど何だか――小夜の話し方が、少し気にかかる。


「別に付き合ってるとかじゃないんだよね?」

「……」

珍しく神妙な面持ちの彼女からの問いかけに、私は真実を話すべきなのだろうか。


その心配気な瞳に、知らぬ間に緊張していたのか、唾を飲む喉がゴクリと音を立てる。


そして――……

「もう別れたけど、付き合ってた」

私の答えに、小夜の瞳が大きく見開かれた。


「それ、宮野さんは知らないんだよね?」

「え?」


どうして、カンちゃんの名前が……。


「もしかして、知らないの?」

「……何を?」

さっきから、心臓の音がうるさい。

耳元でバクバクと聞こえる心音は、明らかに平常のそれとは違くて。


お昼休みに入ったのか、非常扉の向こうでザワザワと人の話す声が聞こえる。

だけど、その雑音の中……。


「宮野さんって昔、その榊原って人に企画盗まれたんでしょ?」


小夜のその声だけは、ハッキリと聞き取る事ができた。

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