恋するキミの、愛しい秘めごと

「何……それ」

「私もよく分からないけど、ロンドンの美術館の何とかって」

「……ロンドン」


頭で理解するより早く、何かを感じ取った体がカタカタと震え出す。

私の反応に、小夜は少しだけ顔をしかめて「知ってたら、付き合わないか」と、頭を掻いた。


そんな事、知らない。

榊原さんも、カンちゃんも……そんな事は一言も言っていなかった。


「それ、本当なの?」

掠れた声でそう尋ねる私に、小夜は「桐山さんの話だから、多分」と頷く。


“桐山さん”というのは、小夜の元上司の人事部の先輩で、会社の色々な人間関係のネタを知る人。

そこは、小夜のゴシップネタの出所でもあり、人事移動の際などには、幹部の人間が桐山さんの話を聞きに来るほど。

彼女の情報は、それだけ信頼できるものだという事だ。


「ごめん、日和。……大丈夫?」

心配そうに私の顔を覗き込む小夜のその表情を見るだけで、自分が今どんなに酷い顔をしているのか、安易に想像できた。


「うん。ちょっとビックリしたけど、もう別れたし」

「……」

「ごめん小夜、先に戻ってて」

「……わかった」

それから小夜は、私にもう一度「ごめんね」と謝ると、静かに非常扉を開けて出て行った。


「……」

その場に取り残された私は、ドクドクと激しく脈打つ心臓を抑え込むように、冷たくなった手の平を額にあてる。


――“ロンドンの美術館の何とかって”


「……っ」

そんなはずない。

だけど、H・F・Rが手がけた海外の美術館での仕事なんて……あれしかない。

そうだとしたら――。


居ても立ってもいられなかった。

私の考えが間違いじゃなかったら、私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

もしものその予想が合っていたとしたら、私が好きになったのは……。


そこまで考えて、頭を振る。

ただのウワサだと思いたい。

だけど出処が出処だけに、そう思い切るのは難しく――それに私には、思いた当たる節がいくつもあった。

勿論それは、その話を聞いた今だからそう思えるだけで、聞くまではただの“違和感”程度でしかなかったのだけれど。


「……」

私はその真相を、知りたい?
それとも、知りたくない?

「そんなの……」

知りたいに決まってる。


何とも表現し難い胸のドロドロ感を払拭するには、真実を知らないといけないと思った。

そうしないと私は、きっと抜け出せない。

榊原さんとの事を“自然消滅”という形で終わらせようとしている事も、ずっと心に引っかかっていて、


――“宮野さんって昔、その榊原さんって人に企画盗まれたんでしょ?”


今、小夜の言葉の真相を確かめる事もせず、平穏を求めて逃げてしまったら……。


きっと私は、取り返しのつかない勘違いをしたまま、大切な物を見失ってしまう気がした。

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