恋するキミの、愛しい秘めごと
「どこに行けばいい?」と言う彼の質問に、彼の家の最寄り駅近くにあるカフェを指定した。
人前で話すような内容ではない事はわかっていたけれど……。
それでも前回あったことを考えると、どうしても彼の家に行く気にはなれなかったし、その言い方から、彼も私が自分の家に来る事はないと分かっていたのだろう。
仕事を終えてカフェに到着すると、スーツ姿の彼が目に入る。
「……お待たせしてすみません」
静かに席についた私に、彼はゆっくり視線を上げて微笑んだ。
その付き合っていた頃と変わらない笑顔に、あの話はやっぱりただのウワサなのでは――なんて、この後に及んでバカみたいな事を考えてしまう。
「……」
やってきた店員にホットコーヒーを頼んで、テーブルに置かれたその琥珀色の液面を見ながら少し沈黙する。
ここまで来たはいいけれど、どう切り出せばいいのか。
コーヒーにミルクを落とし、それをかき混ぜながら考える。
頭の中に浮かぶ言葉を声に出そうと、口を開きかけて……。
けれど、どれも違う気がして言葉を飲み込む。
そんな事を二、三度繰り返していると、緊張を払うかのような長い呼吸の後、
「元気だった?」
榊原さんの声が頭上から聞こえた。
「……はい」
「そっか」
数ヶ月前まで、この人は自分の彼氏だったはずなのに、その声を聞くのがすごく久しぶりな気がする。
視線を上げると、どこか困ったように微笑む彼の姿があって……。
「 前にした話、考えてくれた?」
テーブルの上に置かれた私の手に、自分の手をそっと重ねた。
「……」
心のどこかで、もしかしたら榊原さんが私にした事を後悔しているんじゃないかなんて思っていたんだけど。
そっか。
そうだよね。
そんな気持ちなんて、全くないんだね。
これでもし、小夜の話も事実だとしたら。
私は一度でも好きだと思ったこの人を、憎んで、嫌って――醜い感情を抱いてしまいそうで……。
それがすごく怖い。
「榊原さん」
「うん」
「その前に、ひとつ聞きたい事があるんです」
微かな胸の痛みを覚えながらも、ゆっくりと深呼吸をして、その話を切り出した。