恋するキミの、愛しい秘めごと


でも、分からない。

だって私は――。


「そんなの、知りません。貰った憶えも……ありません」

榊原さんは、震える声で小さくそう告げた私を見つめると、

「日和の成人式の日、宮野は地元に帰ってたんだ」

そんな突拍子もない言葉を口にする。


「成人式の日……?」

それでなくても頭の中はもうゴチャゴチャなのに……。

いつもは理路整然と話をする榊原さんの、ポンポン話を飛ばす今日のこの話し方はワザとなのだろうか。


少し前までは、私を安心させていた彼のゆったりとした穏やかな口調。

だけど今はそれが、真綿でジワリジリと体を締めつけるように、余計に私の不安を煽る。


「そう。成人式の日の夜、君は誰と一緒にいた?」


――成人式の日。

久しぶりに地元の友達に会って、みんなでお昼を食べて、カラオケに行って。

その後は……。


「彼氏と一緒にいたでしょ? 楽しそうに手を繋いて、送ってもらった家の前で――抱きしめられて、キスをした」

「……」

「帰って来た後、宮野は笑いながら“自分だけが止まったままだった”って言ってた」

「え?」


少しずつ蘇る記憶と、予想出来る結末に、胸が痛いくらいに激しく脈打ち始め――


「あいつも本当にタイミングが悪いよ」

「“あいつ”って……」

「宮野はね、あの日、君に逢いに行ったんだ。……完成した、小さな“地球”を持ってね」

「――っ」


最後の一言に、全身の血の気が一気に引いていくような、そんな感覚がした。

やっとの思いで吐き出した息も、心なしか冷たい気がする。


「俺の家にあるのは、宮野の設計図を基に作り上げたレプリカなんだよ」

まるで――“まだ話すことがある”とでも言うかのように、カップを下げに来たウェイトレスにお替りのコーヒーを注文して。


「もちろん、ロンドンにあるのもそう」

「……」

「だから、“大切な人へのプレゼント”として作られた、あれの本物がどんな物かは宮野しか知らない」


運ばれてきたコーヒーに茶色いコーヒー砂糖を落としながら、ただ静かに思い出すように……榊原さんは、話を続けた。


私はというと、耳を塞ぐことも出来ずに、ただ呆然とカップに広がる波紋を見つめている。


「続き、聞きたい?」

この話を最後まで聞いてしまったら、どうなるのだろう。


「さっきも言ったけど、宮野はこの話を君にする事はないよ。きっと、一生ね」


クルクルとコーヒーをかき混ぜて、それを口に含んで私を見上げる。

この人は、どうして……。


「ひとつ教えて下さい」

「何?」

「どうしてそんな話を、私にするんですか? 形だけでも私と“よりを戻したい”と言っていたはずなのに」


それに一瞬驚いたように目を見開いた榊原さんは、

「何となくムカつくからかな」

クスッと笑いながら、やっぱり意味の分からない答えを口にした。

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