恋するキミの、愛しい秘めごと
「――ヒドい。今思い出してもヒドすぎる……」
「あ?」
「いいえ、何でもありません」
あの日から、私とカンちゃんは会社では“赤の他人”になった。
それなのにカンちゃんは、二人きりになるとこうして油断して、まるで家にいるかのような態度を取るわけだ。
何だか納得いかないけれど、カンちゃんがこんな調子である以上、私がしっかりしないといけない。
「すみません、そろそろ仕事に戻ります」
そう思った矢先、立ち上がろうとした私の腕を何故かカンちゃんがグッと引っ張るから、バランスを崩して倒れそうになった。
「ちょっと……!」
思わず上げそうになった大声を、ハッとして呑み込む。
そして、一体何事かと顔を顰める私になんてお構いなしに、カンちゃんは耳元に唇を寄せて言ったんだ。
「さっき、半沢に口説かれてただろ」
「……っ」
さっきーー半沢さんと話をしていた時、近くには誰もいなかったのに。
驚いてバッと離れると、思っていたよりも近いところにあったカンちゃんの顔は笑っていて、カマをかけられていた事に気がついた。
「あ、やっぱり」
「……最悪」
「だって、半沢わかりやす過ぎるんだもん」
「仕事に私情挟みまくり」と笑うカンちゃんの様子から察するに、会議室で二人きりになったカンちゃんに、半沢さんから私の話題を振ったのだろう。
「で? 恋に発展しそうかい?」
私の態度から、それがないって事はわかっているくせに。
「悪い人じゃなさそうなんだけど、タイプじゃないんだよねー……」
「あっそー。もったいない」
「でも匂いは好きだった」
笑って言った私の言葉に、カンちゃんも「何かやらしいんですけど」と笑う。
本当はいけないんだけど、こうして会社で秘密の会話をするのは実は嫌いじゃない。
何だかスリリングでワクワクするし。
こうして人間は背徳行為に走るんだろうな……なんて、くだらない事を考えてみたり。
そして本当に仕事に戻ろうと再び立ち上がりかけた時、カンちゃんが胸ポケットからメガネを取り出して、それを徐にかけたから。
どうしたのかと疑問に思った瞬間だった。
「宮野君」
いつからそこにいたのか、右後方にあるオフィスに続く廊下付近から、カンちゃんの彼女である篠塚さんの声が響いた。
そしてそのまま私達の元に歩み寄ると、チラリと私に視線を向ける。
「……」
それがムダに鋭い、“敵”を見るような目のような気がした“気”は、
「あんまり長い休憩は、かえって仕事の効率を下げるだけよ」
頭上から冷たく落とされたその言葉で、確信に変わった。
気が強い上に、独占欲まで強いとか。
これじゃー、カンちゃんも大変だ。