恋するキミの、愛しい秘めごと
どれくらいそうしていたのか、その沈黙を破ったのは私の携帯電話の着信音だった。
「……」
「出ないの?」
画面を見つめたままの私を見て、呆れたように笑う榊原さんは、電話の主が誰なのかをきっと知っている。
「ホント、困った“お兄ちゃん”だな」
そう言いながら、スッと手を伸ばし、
「え? ちょっと、」
驚く私の手から、鳴り止まない携帯電話を取り上げた。
「――もしもし」
「榊原さん!!」
まずいと思って手を伸ばしたところで、男の人の力にかなうはずもなく。
携帯を取り戻そうと振り回す手は、あっけなく彼の片手で制されてしまった。
「あぁ、今一緒にいるよ。……わかったから。そんなに怒るなよ」
電話越しのカンちゃんは、どうやら物凄く怒っているらしく、低い声がここまで漏れ聞こえてくる。
何もさせてもらえない私の前で、榊原さんはしばらく黙ってそれを聞き、
「宮野」
さっきまで、私と話していたものと同じ声のトーンでカンちゃんの名前を呼んだ。
――そして。
「悪かった。今までの事、ずっと」
口にしたのは、カンちゃんへの謝罪の言葉だった。
驚く私に、茶色い瞳を細めながら優しい笑みを向けると、ポンポンと頭を撫でて掴んだままだった手を開放してくれる。
「お前の大切な物は、ちゃんと返すから」
――カンちゃんの大切な物。
それはきっとあの“地球”のこと……。
動くことも出来ず、彼の顔を見上げたままの私の前で笑う榊原さん。
その表情は、今まで見たどの表情よりも優しくて穏やか。
それを見ながら、思ったんだ。
きっと昔、まだカンちゃんを弟のように可愛がっていた頃――榊原さんは、いつもこんな顔をカンちゃんに見せていたのだろうと思った。
「あぁ、わかってる。日和ももう帰らせるから。じゃー……そのうちまた連絡するよ」
何も言えずにいる私の目の前に、切られた電話が差し出される。
「やっと少しスッキリした」
「……」
「本当はもっと早くこうすれば良かったんだ」
「……っ」
きっと、キャパシティーオーバーだった。
小夜に知らなかった事実を教えられて、榊原さんに会って、私が知らなかった事をたくさん知って。
だから、頭の中がこんがらがって……。
「日和、どうして泣くの?」
「だって……っ」
「うん」
「カンちゃんにあれを返したら……榊原さんは?」
それはつまり、自分が“宮野完治の作品を盗用した”という事実を公にするという事で……。
「榊原さんは、どうするんですか?」
あの“地球”のプロジェクトはとても大きな仕事だっただけに、関わった人も多い。
国内に限らず、国外でも……知っている人間は、あれは“榊原隼の物”だと思っているはずだ。
あれはカンちゃんにとって、大切な物で、それを盗った榊原さんが悪い。
それは解っているんだけど――。
それを公表したら、きっと榊原さんは、この業界にはいられない……。
「日和と宮野って、ホントそっくりだな」
そう言って一度だけ私をギュッと抱きしめて。
「信じてもらえないかもしれないけど、本当に好きだったんだよ」
耳元で小さくそんな言葉を囁いた彼は、私の問いに答えることなくフッと笑い、
「最初は、日和と付かず離れずの距離を保って逃げてる宮野にムカついてると思ってたんだけど」
「……」
「そっか。日和を傷付けた自分に一番苛ついてたんだ」
どこか納得がいったと言うように、そう告げる。
そして、呆然として何も言えない私の唇にそっとキスを落とし、腕の中から私を解放すると、少しだけ微笑んでお店から去って行った。