恋するキミの、愛しい秘めごと


次の日の朝、目が覚めてリビングに行くと、もうそこにカンちゃんの姿はなかった。

でも、テーブルの上にはちゃんと私の朝食が用意されていて、「意外とマメ男だよね」なんてことを思いながら会社に向かった。


仕事が忙しい時なんかには、こんな風にカンちゃんが先に会社に行く事だって当然あるわけだから、特に気にする事もないと思ったのだけれど……。


「――あれ? 今日、宮野さんは?」

会社に着いて、始業時間になってもオフィスに姿を現さないカンちゃんを不思議に思いながら、小夜に声をかけた。


「あぁ、何だか親戚がどうのこうのって。地元に戻らないといけないから、何日か休むんだって」

「え?」

思わずポカンとしてしまった。

だって、カンちゃんの親戚って……。


伯母さん側の家族なら直接的に関係はないけれど、それでも何かあったら連絡くらいはくるはずだし。

何より、カンちゃんからそんな事は一切聞いていない。


つまり今朝は、朝食を用意して、それから会社以外のどこかに行ったって事でしょう?

それとも、会社に行く途中に連絡があって、急遽実家に戻ったの?


よくわからないけれど、とにかく気になってお昼休みにカンちゃんに電話をかけようと、非常通路に向かった。


「……あれ?」

非常扉を出て少し肌寒く薄暗い通路に出た途端、手の中の携帯が震えだし、慌てて画面を確認する。


“お母さん”?

やっぱり何かあったの?


予想していなかった人物からの電話に戸惑いながらも、急いで通話ボタンを押す。


『もしもしー? 日和?』

「お母さん、どうしたの?」


けれど、電話の向こうの母親は何やら呑気な口調で、緊迫した様子なんて微塵も感じられない。


『“どうしたのー”はこっちのセリフよー!』

むしろ何だか攻撃的というか、何というか……。

でも丁度良かった。


半ば呆れながらも、気になっていカンちゃんの“親戚”の事を訊ねようと、口を開いたその時だった。


『何で完治は帰って来てるのに、日和は帰って来ないわけー?』

「――え?」

一体何を言っているのか。


「いや、だって……仕事」

『アンタねぇ、休みの日くらいお休みしなさいよ』

「は?」


“休みの日”って、今は普通に平日の、しかも真昼間。

眉間の皺をさっきよりも1.5倍深くした私に、お母さんは言ったんだ。


『“は?”って、日和の会社、創立記念日なんでしょう? 完治が言ってたわよー』

「え?」

ちょっと待って。

本当に言っている意味が、解らない――。


「カンちゃんがそう言ってたの?」

『そうよー。さっきまでここで、お父さんとお茶啜ってたんだもん』


カンちゃんが、自分の叔父と叔母である私の両親に嘘を吐く理由。


「ねー、お母さん」

『何?』

「うちかカンちゃんのお母さんの親戚で、最近病気になった人とかいる?」

『えー? いないわよー』


きっとカンちゃんは、自分の両親にも同じ嘘を吐いている……。


――どうしてそんな事を?

考えても考えても、その理由は分からなかったけれど。

その日は1日中、胸騒ぎのような気持ちが悪いモヤモヤが胸の中に広がって消えなかった。

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