恋するキミの、愛しい秘めごと
電車を降りて、高幡さんの家までの道を2人で歩く。
その道は、さっきまでいた街と同じ都内とは思えないくらい静かで、虫の声が小さく聞こえる。
すると家に入るところで立ち止まり、徐に空を見上げた高幡さん。
「今日は無理か……」
「え?」
残念そうな彼の声につられるように天を仰ぐと、そこには分厚い黒い雲が立ち込めていた。
空……?
何があるのだろうと暫く空を見上げていると、「宮野君の仕業かな」という小さな声が聞こえて。
その名前に、胸がドキンと音を立てる。
けれど高幡さんは、その言葉の続きを口にすることなく玄関のドアを開け、私を家の中に招き入れた。
「さて、私は何をすればいいかな?」
キッチンにほんの少しの食材を運び入れ、手を洗う私の横で高幡さんが腕まくりをする。
「あ、いいですよ! 私がやるので、高幡さんは少し休んでいて下さい」
そもそもやる事なんてほとんどないし、買い物で歩き回って疲れて、日本を発つ前に体調を崩しでもしたら大変だ。
そんな事を思っていると、高幡さんは買ってきたキャベツの葉をむしりながら「ジャンヌ君、私はそんなに年寄じゃないよ」なんて人の心を勝手に読んでニヤリと笑う。
その表情を見て思い出したのは、自分のお祖父ちゃん。
私のもう亡くなってしまったお祖父ちゃんという人は、九州の桜島を望む町に住んでいた。
遠方という事もあって、会えるのは年に1度――多くても2度ほど。
すごく面白いお祖父ちゃんで、いつも会うのが楽しみだったが、私が23歳の時、お祖父ちゃん孝行をする前に亡くなってしまったのだ。
大好きだったお祖父ちゃん。
高幡さんは、どこか彼に似ているのかもしれない。
「あはは! どうして分かったんですか?」
自分の温かい思い出と重ね合わせながら笑う私を見て、高幡さんはフッと目を細めて、
「君と宮野君は、よく似ているからね」
私の心を一瞬で揺さぶる、そんな一言を口にした。
「……っ」
奥歯をグッと噛みしめて俯いた私に、高幡さんは静かな声で話しかける。
「ジャンヌ君」
「……はい」
「すまなかったね」
「え?」
突然の謝罪に驚きながら顔を上げると、隣に立つ高幡さんは、今日ミッドタウンで会った時と同じ、困ったような笑みを浮かべていた。