恋するキミの、愛しい秘めごと
「こんばんは」
お店に入って篠塚さんがそう声をかけると、カウンターの中にいた前田さんから驚いたような声が返ってくる。
「あれ!? サエちゃんじゃん! すっげー久しぶりだねー!!」
そんな風に再会を喜んだあと、
「……こんばんは」
「あ……え?」
後ろからおずおずと顔を出した私の顔を見て案の定目を丸くした彼は、混乱する頭で彼なりに必死に考えたのだろう。
だけどやっぱりイメージ通り不器用な前田さんは、「い、いらっしゃいませぇー」なんて、今まで一度も聞いたことがないセリフを口にしながら目を泳がせた。
そりゃそうだよね。
自分の親友の、接点があるとは思えない元カノ2人が同時に現れるんだから。
しかも私も榊原さんと別れてからだから――前田さんに会うのも、もう1年以上ぶりだ。
明らかに不審な動きをする前田さんに、篠塚さんはビールとおつまみを何品か注文して、私にメニューを差し出す。
「奢るから、好きなの適当に頼んで」
「あ、はい……」
えっと、どうしよう。
返事はしたものの、何となく気まずくていつものように飲み食いする気分になれない。
普段は使わないオーダー用紙とペンを構えて、あからさまにハラハラドキドキしている前田さんも気になるし。
だけど、唯一いつもと変わらない篠塚さんだけは「喉渇いてるから早くして」と急かすように言ってクスッと笑う。
そんなに私の顔が面白い事になっているのかと頬に手を当てると、「大丈夫だから」とよくわからない言葉をかけられた。
それとほぼ同時に、扉がカラカラと開く音がして――
「いや、ちょい待っ……」
慌てたように声をあげた前田さんの視線の先にいたその人物に、私は目を見開いて思わず固まってしまった。
「あああれだ、ほらっ!! その……今日はガールズデーだから!!」
アワアワしなが駆け寄った前田さんに、「お前の店、そんなオシャレな事してねーだろ」と微笑んでゆっくりと私達の元に歩み寄るその人は――。
「榊原……さん?」
本気で息が止まるかと思った。
1年前よりも少し痩せた様子の彼は、私に「久しぶり」と声をかけ、驚きのあまり何も言えないでいる私の隣にストンと腰を下ろす。
「自分で呼び寄せておいて、遅刻ってどうなの……シュン」
――知らなかった。
篠塚さんの口から初めて聞いた、“シュン”と彼を呼ぶ声。
彼女も前田さんと同じように、榊原さんを“シュン”と呼ぶんだ……。
すごく違和感があるだろうと思っていたその言葉は、当然のように彼女の口から紡がれて――驚くほど柔らかく空気を揺らす。
榊原さんは、それにフッとその表情を緩め、茶色い瞳を細めて「相変わらずだね」と楽しそうに笑った。