恋するキミの、愛しい秘めごと
「この人が来ること、言わなくてごめんね。言ったら来ないかもと思ったから」
未だに挙動不審気味な前田さんによって運ばれて来たビールを受け取った篠塚さんが、事態が掴めない私に謝罪をする。
「だけど、どうしてもシュンが話したいって言うから」
「……」
榊原さんとは、カンちゃんと榊原さんと篠塚さんの話を聞いた時以来会っていない。
あの時だって、きっと嫌な別れ方をしたわけではないと思う。
だから尚更、今更榊原さんが私に話したい事の内容が思い浮かばないのだ。
思わず俯く私の正面に座る篠塚さんは、自分が言いたい事を言い終えると、そのまままるで自分の存在を消すかのように、静かにビールジョッキに口をつける。
「……」
その様子をぼんやりと眺めていた私に、
「日和」
あの頃と同じ、榊原さんの穏やかな声が落とされて。
ゆっくり隣に視線を向けると、彼は私の目の前に真っ白な封筒を差し出した。
「遅くなってごめん」
「……え?」
一体何の事?
1年前――約束もなく別れたはずの彼の言葉に、私は目を瞬かせる。
「本当はあいつと直接話せたら良かったんだけど、ちょっと忙しくなるから」
渡された封筒を受け取り、中に入っていた2つ折にされたカードを取り出し、ゆっくりと開いた。
「これ……は?」
紺地に銀色の文字で“Reception Party”と書かれたそれに、持つ手が小さく震え始める。
だって、これは……。
「やっと製作者の名義変更が出来たんだ。あと少しやる事はあるんだけど、もうすぐ全部終わる」
どこかスッキリしたように笑う彼のこの1年を、私は知らない。
知らないけれど――……
「お披露目のパーティーがある」
「……」
その1年と、これから彼が過ごして行く年月がすごく辛く、厳しい物だという事だけは分かる。
「宮野の為のパーティーだ」
震える手の中にあるのは、ロンドンにある美術館で開かれるパーティーの招待状。
視界が徐々にぼやけ始めて、震えそうになる呼吸を誤魔化すように唇を噛みしめた。
「それに行って、『ごめん』と『おめでとう』って伝えて欲しい」
「でも――」
私が行って、どうなるの?
あの日から、私とカンちゃんは、ただのイトコになった。
それは、私にあの“小さな地球”を残していなくなったカンちゃんが望んだことで……。
今更どうしろっていうの?
「だけど……っ」
「うん?」
「それは、私じゃなくて――」
零れそうになる涙を必死に飲み込んで、混乱し通しで上手に働かない頭で考えた。
何度も何度も、繰り返し考えたけれど、やっぱりその結論は変わらない。
「そこにいるべきなのは私じゃなくて、篠塚さんです」