恋するキミの、愛しい秘めごと
私には、人に言えない秘密がある。
正確に言うなら、“私達には”――なのだけれど。
「おーい、ヒヨ」
「はーい!」
「メシ食い終わったら、皿流しに下げろって」
「お風呂掃除してたんだから、ついでに下げてくれればいいじゃん!」
「風呂掃除は今週お前の当番なんだから、威張るトコじゃないだろ」
――といっても、一部の人たちに対して秘密なのであって、誰にも言ってはいけないというものではない。
「カンちゃんはケチだねー」
「あぁ!?」
「昔は優しかったのにねー」
「……」
「やっぱりあのキツイ彼女に感化され――」
「シバキ倒す」
そう言って目の前のその人は、立ち上がって眉根を寄せながら私を見下ろす。
まぁ、別に怖くもないんだけどね。
だから私は負けじと、テーブルに無造作に放置されていた社内報を拾い、ワザとらしくその内容を読み上げてやるのだ。
「宮野 完治《みやの かんじ》、1983年4月18日生まれの29歳。新規事業部 企画開発課所属」
「てめっ! 読み上げんな!」
「エリート部署の中でも一目置かれる宮野氏」
「ヒヨッ!!」
子供かとツッコミを入れたくなるほど必死の形相で、私が持つ冊子を奪おうと手を伸ばしてくる。
それを学生時代、バスケットで培ったフェイントでかわしながら、読み進めていく。
「ベストプランナー・オブ・ザ・イヤーを授賞するなど、素晴らしい企画を次々に立ち上げていく彼。だが、注目を集めている理由は、仕事が出来るからだけではない」
「ヒヨコ、このヤロー!!」
ついには小学生の悪口みたいな暴言を吐く始末。
それを「ハイハイ」とかわす私の方が、よっぽど大人なのです。
「端正な顔立ちに、穏やかな性格。ついでに声までいいときたら、女子社員が放っておくはずがない。“天は二物を与えず”と言うが、彼の場合は二物も三物も与えられているようだ」
「……もういい。ヒヨコなんか頭から鶏冠《とさか》が生えればいい」
「えっ!? それはちょっと嫌かも!! でも読み進めます!」
舌打ちをしてキッチンに消えて行く彼の背中を見送りながら、再び手元に視線を落とした。
「セクハラ覚悟で訊ねた“彼女はいないのですか?”という問いに、彼は少しはにかんだように笑いながらこう答えた。『まだまだ社会人として半人前なので。大切な人が出来たら、ぜひこちらで報告させて下さい』――だって」
本当は同じ部署に、気の強い彼女がいるくせに。