恋するキミの、愛しい秘めごと

「もー、ホント苦しい……。久々に笑い死にしそうになった」

ダイニングテーブルについて、カンちゃんがよそってくれた親子丼ぶりに箸をつける。

でも未だに“Nomo's キッチン”の余韻が残ったままの私の目尻には、涙が溜まっていて、それを見たカンちゃんが「笑いすぎだから」と呆れたようにまた笑う。

ゴハンの前に着替えを済ませたカンちゃんは、すっかり“カンちゃん”で、“宮様”よりもこっちの方がやっぱり落ち着くと思った。


「卵とろとろー! カンちゃん、意外と出来る子だよね」

「今頃気づきやがったか」

最初の頃はかなり文句を言っていたこの暮らしは、慣れてみたら温かくて、案外いいものだった。

一人暮らしをしていたら、きっと仕事で疲れてろくな物も食べていなかっただろうし、こんな“団欒的な時間”だってなかったんだろうな……。

そんな事を思いながらチラッとカンちゃんを見上げると、不意に目が合って。


「……どうしたの?」

なかなか目を逸らさないから、不思議に思いながら首を傾げると、少しの沈黙のあとカンちゃんが口を開いた。

「今日、ごめんな」

「え?」

突然、ポツリと落とされた謝罪の言葉は何に対するものだろう?

行儀悪くお箸を口に咥えたまま停止する私とは対照的に、カンちゃんは小さく溜息を吐き出してお箸を置く。


「何かあいつ、最近色々あって苛ついてたみたいでさ」

「……」

あぁ、そっか。

“あいつ”というのは、篠塚さんのことなんだろうけど……。

「ごめん」

「別に平気だよ。気にしてないし、私も仕事で苛つく時あるし!」

そもそも、いくら彼女がした事とはいえカンちゃんが謝るのは違うと思うしね。


ちょっとだけ笑って再びお箸を動かし始めると、ダイニングに沈黙が流れる。

その時、ふと脳裏を過《よぎ》ったのは篠塚さんの隣で微笑むカンちゃんの表情で……。

何となく聞いてみたくなった。


「ねぇ、カンちゃん?」

「んー?」

「カンちゃんって、篠塚さんの前では“カンちゃん”なの? それとも、“宮野さん”?」

その質問に、カンちゃんはさっきの私と同じようにお箸を口に咥えたまま停止する。

「……何で?」

「いや、何となく」

何となく、あの篠塚さんの隣に“カンちゃん”がいるのは想像出来ない。

もしもあのカフェスペースで覗き見した表情が二人きりの時の顔だとしたら、きっと篠塚さんの前でも“宮野さん”なのだろう。


「もし“宮様キャラ”でいるとしたら、疲れない? どうして会社ではあんな爽やかキャラなの?」

矢継ぎ早に質問をする私に、カンちゃんは苦笑しがら「落ち着け」と口にする。

「じゃーさ、本当のカンちゃんってどっちなの?」

負けじともう一つ質問をすると、カンちゃんは目を一瞬見開いて「同じ言葉を、そっくりそのままヒヨに返すよ」と言って笑った。

「……」

「まぁ、強いて言うなら“ニセカンちゃん”の方がカッコいいからかな」

「いや、別にどっちもカッコ良くない」

そう返した私に「ケッ!」と悪態をつき……。

「で? ヒヨは何で会社でクールぶって本性隠しちゃってんの?」と、上手い具合に話題を変える。

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