恋するキミの、愛しい秘めごと
「……」
「ヒヨ? どうした?」
「えっと……何だっけ?」
他人だったら、見過ごしたかもしれないその表情。でも私は、ずっと昔からカンちゃんを知っているから。
本当に一瞬、少しだけ悲しそうな顔をした彼に気が付いて言葉に詰まる。
「だから、そんなのお互い様だろーって。ヒヨだって、会社では“キレイなお姉さんの南場さん”じゃん」
「……」
「なのに男にモテてるらしいし」
「それはーー」
「半沢も他の男も、ホントのヒヨなんて知らないのにな」
それはどこか私をバカにしたような口振りだけど……。
「まぁ、“宮野さん”も同じようなもんか」と、やっぱりどこか淋しそうに笑う。
「で? ヒヨは何で“南場さん”なの?」
「……」
あのね、カンちゃん。
カンちゃんと私は、きっとどこか似ているんじゃないかな。
私もカンちゃんも、他人――特に仕事関係の人間に対する線引きがハッキリしている気がする。
ルームシェアをするきっかけを作った伯父さんも、一番最初に言っていた。
「ヒヨなら大丈夫だろう」って。
その文章は、きっと“似たもの同士だから”という言葉が省略されていたもので……。
その意味に気付いたのは、カンちゃんとこうして同じ会社で一緒に働くようになってからだった。
家では子どもみたいにギャーギャー五月蝿いカンちゃん。
けれど、会社での彼は絵に描いたような真面目な好青年で、それを初めて目の当たりにした時は本当に二重人格なんじゃないかと疑うほどだった。
「……んとね、別にクールぶっているワケでもないし、本性を隠しているつもりもないんだけど」
二十数年生きてきて、他人に全て曝け出すのが必ずしもいい事ではないと、私は知ってしまったんだ。
全てを曝け出すという行為は、相手のことを信頼しきっているからこそ出来る行為で……。
その分、裏切られた時に受けるダメージは半端ない。
溜息を吐きながら、目の前のカンちゃんにそんなような話しをして、「まぁ、別にいいんだけどさ」と締めくくった。
ただ自分が傷付きたくないだけという、何とも幼稚な理由。
もしかしたら、いつもみたいに「ヒヨコはやっぱり子供だなぁ」なんて、からかわれるかもしれないと思った。
けれど目の前のカンちゃんは、静かに瞳を伏せ、「なるほどね」と一言だけ口にして。
私の頭を大きな手でポンポンと叩き、お風呂に入るからと、いつの間にか食べ終わっていた親子丼ぶりの食器を流しに下げリビングを出て行った。
そんなカンちゃんの背中を見送りながら、ボンヤリと思ったんだ。
H・F・Rは急成長を続けている会社で、その中でも新規事業部は出来ると言われている人達が集まっている。
その部署で、より高みを目指す人は当然たくさんいて……。
そんな中で注目を浴びるカンちゃんの毎日は、きっと戦いみたいなものなのだろうと思った。
――「企画書やプレゼンの資料は、必ず自分のデスクに鍵をかけて保管すること」
カンちゃんのグループに配属が決まった時、最初のミーティングでカンちゃんが言った一言だ。
考えたくはないけれど、それって同僚の中に企画を盗むような人もいるから気をつけるように――という事。
信頼出来る人が欲しいけれど、信頼しきって傷ついて、相手に失望するのは嫌だから。
だからもしかしたらカンちゃんも、“会社での人間関係は、会社での人間関係”と、はっきり線引きをしているのかもしれない。
かと言って、彼女に対してもそれというのはどうかと思うけど。